小説 川崎サイト

 

謀反

川崎ゆきお


 起きたときから何となく体が重い、元気がないときがある。そんな日は早く仕事を終え、帰ってきてからのんびりしたいものだが、また、調子が悪いので、仕事も適当にこなす程度。支障が出ない程度に。仕事場でも口数は少なく、余計なことを言って用事を増やすようなことにならないようにする。
 一言も口をきかなくてもいい仕事なら、黙々と作業をこなす。ただし省エネで。その日はやる気がないためだ。無事に勤め終え、早く帰って家でくつろぎたい。
 三村はその予定で家を出たのだが、休んだ方がいいのではないかと、途中で考えた。特に健康を害しているわけではないので、病名はない。病欠の言い訳がない。こういうときの病名として、定番がいくらでもあるが、どれも嘘っぽい。これは分かってしまう。しかし無断欠席だけはいけない。
 たまにそういった働く気力に欠ける日がある。辛くて休むわけではないので、ただの怠け病だ。これを精神的疾患に結びつけたいのだが、そちらの前歴は作りたくない。精神的に弱い人と思われるためだ。
 こういう日はよくあるのだが、いつもは我慢して働いている。昼過ぎあたりから調子が戻り、夕方にはもう普通になっていて、帰ってからゆっくりとしたいという気持ちも消えている。
 だから、ゆっくりとしたいのは今なのだ。それで、何をゆっくりとするかだ。それはだらだらとテレビを見たり、おいしいおやつを食べたり、最近行っていない家電店を覗いたりとか、子供のようなたわいのない過ごし方になる。
 これは、自分の時間を過ごしたいということでもある。そして、テレビもいいが、何もしないで、じっとしている時間だ。犬や猫でも調子が悪いときはじっとしている。これは体調だけの話ではない。
 三村はずる休みも考えたが、逆にそれを実行するのが面倒になったのか、駅まで来てしまった。あとは通勤電車に乗るしかない。そういう流れに乗ってしまったのだ。改札から出る人はほとんどいない。朝、この駅で降りる人は限られている。この駅前に仕事先のある人だろうか。
 ずる休みの言い訳を考えたりする手間より、出勤した方が楽なのだ。それに休んでしまうと、翌日面倒だ。嘘をつくにも体力気力がいる。
 それで、最初の作戦に戻ることにした。つまり、早く仕事を終え、そのあと、好きなことをしてすごそうと。ただ、それほど時間はない。あっという間に夜になり、寝る時間になる。
 勤め先は殺伐としている。一人が家の都合で退職し、その穴埋めがいないので、忙しい。すると、またもう一人やめてしまった。これはパートだ。代わりはいくらでもいるが、まだ来ていない。募集していないのだ。それで忙しくなり、ミスが多く出るようになった。何か言い出せば、言い出した者がその作業をやる羽目になる。さらにもう一人、やめた。この人はてきぱきと働く人で、結局この人の負担が一番多くなり、体をこわしたようだ。
 三村はうまく立ち回ったが、どうしても仕事の量が増える。その分手を抜く、だから職場は荒れていたのだ。
 元気に出勤ができないのはそのためだ。同僚も、パートの連中も別の勤め先を探している。逃げ出しにかかっているのだろう。
 三村はここで頑張れば、古参となり地位が上がるかもしれないが、それにはかなりの負担を覚悟しないといけない。就職難の時代、何とか入れたのがこの会社。簡単に入れた意味がやっと分かった。これならいくら地位が上がっても、負担が増えるだけで、余計に辛いことになる。
 通勤電車内で、今度の楽しみを三村は見付けた。謀反だ。謀反の兆しが胸に入った。すると急に元気が沸いてきた。
 
   了

 





2015年7月8日

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