小説 川崎サイト

 

出ない杭

川崎ゆきお


 金に転び、欲に目が眩む。しかし、竹下の場合、転びたくても、金を出してくれたり、ちらつかせてくれる人がいない。欲はあるが、叶えそうな欲しかないので、身の丈に合わない欲など最初から考えない。
 世間の荒波といっても、それほど大した大波が襲ってくるわけではない。突発的事故や、悪い偶然で、そうなることもあるかもしれないが、確率は低い。それに大人しく暮らしているので、あまりトラブるようなことは、竹下にはない。まあ、あまり相手にされておらず、存在感が薄いためだろう。決して頭を低くして生きなければいけないような事情はないのだが、それが性分なのだ。
 つまり、金や欲に絡むときは、誰かが竹下を利用したりするためだろうが、利用されようがあまりない。便利な人でも有為な人でもない。実力もないし、人望もない。小者中の小者のため、荒波を被るようなことは滅多にない。その荒波は欲得の中で発生することが多い。その発生源が竹下の場合、弱く低いので、人を引きつけることもないかわりに、引きつけられることもない。
 こういう竹下なのだが、親戚縁者の引きで、結構な身分に年老いてから上ることになった。他にこれといった人がいなかったのだろう。一族の長ではないものの、長老となった。重鎮だ。
 本家や、それに連なる人達が消えたため、残っている年長者の中では竹下ぐらいしか残っていなかったのだ。
 この一族はそれなりに繁栄していたが、竹下は一族からも無視されていた。有用な男ではなかったためだ。当然竹下も出しゃばって前に出ないようにしていた。それだけの器量がないことも分かっていたからだ。
 それで、晩年になってから一族を束ねる重鎮になった。一族の長はまだ若く、その取り巻きも若かった。
 あれほどいた親戚縁者のうるさ型、実力者達は、いずれも欲得で亡びたのだ。何もしなかった竹下が生き残ったとは皮肉な話だ。
 一族の会議でも、竹下は上座に着くようになった。竹下より年かさの老人もいるが、分家の分家で、本家筋から離れすぎている。
 竹下は意見を求められても、これというものがないため、若い当主やその側近の意見に頷く程度。本当に重しのような存在で。重々しく座っているだけなのだ。
 ただ、当主や側近の中で意見が割れることもあるが、そのときは当主が決めている。一応竹下も意見を求められるが、本当にどうしていいのか分からないため、意見が出せない。ないから出ないのだ。
 しかし、ないわけではない。ただ、それはおそらく間違っていると思っている。だから言わない。
 重鎮になっても竹下の影響力は殆どないので、竹下に近付く野心家もいない。置物のような存在なのだ。
 最晩年、竹下の孫がこの一族を引き継ぎ、当主となった。竹下は仕事らしい仕事、大きな働きなど一生の間、何もしていない。しかし、今は大殿様だ。雲上人となっている。
 そして、孫や息子から意見を求められても、相変わらず、何も答えられないようだ。
 
   了


 



2015年7月9日

小説 川崎サイト