小説 川崎サイト

 

夏の庭

川崎ゆきお


 夏休み、親戚の家などに泊まりに行った子供がよく遭遇する話ではないが、体験談はそれなりにある。
 子供、おそらく小学生までだろう。たまに中学生もいるが、その年齢なると、親と一緒に親戚の家へ泊まりに行かないだろう。その親戚が非常に近い身内、つまりお爺さんやお婆さんに当たる人なら別だろうが、両親の兄弟とかになると、それほど甘えられるものではない。おじさんやおばさんと親しい関係なら別だが。
 前置きが長いが、条件としては滅多に行かないような親戚の家のため、その町についてあまりよく知らないこと。ここでは夏に限られる。
 夏休み、一泊程度ならいいが、二泊三泊となると、世話がゆるむ。まあ、徐々にお客さん待遇が薄まる。そしてあまり構ってもらえない時間が来る。世話する方もネタがなくなるためだ。
 初日は寿司が出たが、翌日からはもうそんな御馳走は出ない。
 それで、暇を持て余す時間ができてしまい、ぶらりと外に出る。
 村岡少年もそんな感じで、叔母さんの家の門を出た。住宅地で似たような家が並んでいるが、ゴチャゴチャしていない。よくある郊外の分譲住宅ではなく、昔は別荘などが並んでいた屋敷町だ。そのためではないだろうがどの家もゆったりとしている。つまり庭が広く、神社の境内のように大きな木も聳えている。特にポプラの背が高い。
 村岡少年は都心近くの下町の育ちなので、こういった自然の豊かな住宅地が新鮮だ。それで、つい冒険心を起こした。
 叔母さんの家を出るときは、蝉捕りの格好だが、その家には子供がおらず、お爺さんが使っていたという雑魚捕りの網しかなかった。
 住宅地の中に疎水が走っているので、魚でも虫でもどちらでもよかったのだ。セミではなく蝶々でもいい。虫かごはあった。鈴虫を飼っていた頃の竹の。
 そして、迷い込むことになるのだが、屋敷と屋敷の間の狭い通路を何度も抜けて、広い場所に出る。何処かの庭だろう。何もない庭だが、公園のように広い。庭の向こうに古びた洋館。
 以上が、この話の全てだ。これを夏の庭と呼んでいる。当然二度とそんな庭を見付け出すことはできない。
 エピソードとしては庭に向日葵が咲いており、その横に男の子なら少女、女の子なら少年が。そして背景の洋館の窓から人の影。
 これら全て幻覚で、それらを夏の庭現象と呼んでいる。
 
   了




2015年7月17日

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