小説 川崎サイト



忍者

川崎ゆきお



「物事を大袈裟に言う人がいるね」
 三村がポツリと言う。
「いますね」
 広沢がテーブルをポンと叩く。相槌だろう。
 安っぽい灰皿がカタンと音を発てる。
「必要以上に誇大な……」
「そうですねえ」
「まだ、言ってないよ」
「あ……はい」
「誇大に言う奴もいる。まあ、そこで争うのは大人気ないが、現実以上に力あったかのような妄想をする奴だな」
 二人とも背広にネクタイのサラリーマン風だが、大学の教授と助手だ。
「何か気に障るようなことがありましたか」
「忍者だよ」
 助手は教授が忍者と言ったので驚いたのだが、オーバーアクションを抑える。つまり反応しない。
「忍者を過大に評価し過ぎるんだよ」
 教授は歴史学者ではない。
「そうなんですか……」
 助手は誰のことを言っているのかを探っている。文学部の人間を二三思い浮かべる。
「君はどう思う?」
「忍者ですか」
「しのびに類似した言葉は古代からある。諜報員だ。でもね、それは普通に成立する職種なんだよ」
「そうなんですか」
 助手は、どう答えてよいのか迷っている。実はどうでもいいような話題なのだ。
「忍者って、時代小説で出来た言葉で、昔からあったわけじゃないんでしょ」
 助手は思い切って発言した。
「よく知ってるね」
 助手は安堵した。
「くノ一忍法帳は面白い。また映画にならんかね」
 助手は教授の方向が分からない。ただの雑談かもしれないのだが、この教授を頼りにしている。機嫌を損ねたくない。
「でもね、フィクションの面白さと現実とは違う。余談だがね」
 すべてが余談のように助手には思えた。
「さあ、帰るか」
 助手は帰り支度する教授の後ろ姿を見ながら、この人は、何が言いたかったのかを考えた。自分が忍者のようなことをしているのを教授は感づいているのではないか……と心配になった。
 
   了
 
 
 


          2007年2月11日
 

 

 

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