小説 川崎サイト

 

サングラスと家電


 家電店を出たところで、吉田は悪い人間と目を合わせてしまった。誰だろうと思い、見たのがいけなかった。よく見知った友人なので、すぐに分かるはずなのだが、サングラスをかけていたので、分からなかった。
「まだ、そんなことをしているのか」
 いきなり、吉田はそう言われた。
「そんなこととは」
「余計なものを買うつもりだろ」
「蛍光灯が切れたので、それを買いに」
 しかし、吉田はそんな長細いものは持っていなかった。
「百均でも、百円で売っているのを思い出してね、だから店には入ったけど、買わなかったよ」
「嘘をつけ」
「いやいや」
「ここでは何だ。少しその先の喫茶店で話そう」
 その喫茶店は、二人でよく入った店だ。今はサングラスのその友人は引っ越し、遠くの町へ行っているため、あまり会う機会がない。この男こそ吉田の数倍も家電マニアで、鞄の中にカタログの束が電話帳ほどのボリュームで入っていたのだ。
 二人は久しぶりに、その喫茶店で、会話を始めた。昔はそうして、パソコンやテレビなどのチェックをしたものだ。どちらが性能がいいとか、その品物の上位機よりも、最近出た普及機の方が優れているとか、そういう細々とした話だった。
「結論を先に言う。家電では幸せにはならない」
「君が言うとねえ」
「私はもう卒業した。家電漁りはもう終わった。君はまだやっている。どういうつもりかね、吉田君」
「いやいや」
「物では精神は満たされない」
「でも、買ったときは幸せですよ。それにこういうのは、買ってしばらくは幸せなときが過ごせますよ。それに買う前から」
「罠だ」
「いえいえ」
「まあ、私もそうだったから、君の言うのは分かる。物が欲しいんじゃなく、そこで得られる精神的なものが欲しいんだ。そうだろ」
「それもあるなあ」
「それなら物をカットして、いきなり精神的充実を図る方が早いじゃないか」
「それで、卒業したんだろ」
「そうだ。欲しいのは物ではなかった。それに気付いた。だから、物に寄りかからないでも、精神的豊かさは高められる」
「はいはい」
「おそらく君は既に持っているのに、新製品を見に来たんじゃないのかい。今の物より、数パーセント快適な」
「ああ、それもあるけど」
「物を使っているようでも、物に使われているんだ」
「はいはい」
「以上」
「早いなあ」
「下らん話なので、話しても精神は高まらん」
「え、何が、高まる」
「精神さ」
「何か、悪い宗教、やってる?」
「やってない」
「そう」
 会話はそこで途切れ、お開きになった。
 二人は喫茶店前で別れた。
 サングラスの友人は家電店前ですれ違った方角とは別の方へ歩いて行く。一緒に歩くのがいやなので、吉田は逆方向、しかし、そちらは家の方角なので、そのまま帰ることになるのだが、少し気になった。それで振り返ってみる。
 そして、あとを付けてみた。
 結論は、もう見えていた。
 サングラスの男が家電店に入ったのを確認した吉田は、ほっとした。
  
   了







2015年8月4日

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