小説 川崎サイト

 

朝の老猿


 毎朝喫茶店で寄り合いをしている年寄りグループがいる。坂田も年寄りだが、それには参加していない。毎日だとキャラクタが分かってきたりする。
 当然、そこにリーダーがおり、この人はオランウータンのように大きい。他の人は猿だ。しかしゴリラのような人もいるが、この人は大人しい。それらは声で分かる。複数の声が聞こえてくるのだが、ゴリラの声はたまにしか聞こえない。
 ある日、非常に盛りあがり、ゴリラも声を立てていた。普通に喋っているだけなのだが、その嗄れた声は名脇役の性格俳優の誰かとそっくりだ。リアリティーがあり、法事などで親戚の中に一人ぐらい、そういう人がいるはずだ。
 ゴリラだけではなく、その他の猿も賑やか。
 何が起こったのだろうかと坂田は聞き身を立てた。目は本にある。しかし、気になるので、グループのテーブルを見る。それですぐに分かった。オランウータンがいないのだ。偶然欠席していたのだろうか。この人は真っ先に来て、集まりが悪い日でも必ずいる。
 いつもそのテーブルから聞こえてくるのは、そのオランウータンの声で、ほぼ八十パーセントだ。
 その日、その声が聞こえないことに坂田は気付かなかった。それは聞きたくないためだろうか。雑音として処理していたのだ。
 オランウータンがいないことで、他の猿たちの発言が多くなった。殆ど聞き役だったのだ。そして話題が弾むのは、オランウータンを気にせず話題を振れる。つまり話題の選択はオランウータンの好みで決まっていたのだ。というより、それに関して一家言あるネタがいいのだろう。
 猿達が一寸した話題を振っても、オランウータンが無視し、それ以上話が続かないように、別の得意技に持ち込んでいた。そのオランウータンがいないため、普段ここでは話題にならないようなネタが披露されていたのだろう。
 いつも押し黙っていたゴリラも今朝はしっかりと喋っている。
 これは何だろうと坂田は感心した。リーダがいないとこれだけ盛りあがる。そして、メンバーの誰もが口を出している。本来リーダーがそういう風に持っていくはずなのに、オランウータンの独演会になっていたのだ。
 そして今朝は笑い声も高いし、またアルバムなどを持ち出し、観光で行った人が、皆に見せている。そのアルバム、サービスサイズのプリントを綴じた程度のものだが、偶然鞄の中にでも入っていたのだろう。
 そして話はばらばらで、雑談そのものだ。ただ言えることは、他の猿たちが大いに声を出していることだ。一番大人しいゴリラも、ゆるりとした名脇役の声を遺憾なく立てている。
 
   了



2015年8月12日

小説 川崎サイト