小説 川崎サイト

 

お歯黒の笑談会


 古い民家、古民家と言うほど古くもない。築が古いだけだ。そこに引っ越して来た古川は、名前からして古い物が好きそうだが、これは偶然。しかし多少は風流人の真似事をする癖がある。こういう古い民家は以前から狙っていたのだが、条件が合わなかった。
「夜中、どうですか」
 近所の人が、朝の散歩のおり、聞いてきた。古川は、もうこれだけで出る事を知った。借り手がいないのはそのためだろう。これは十分承知の上で、きっとそんなことだろうと思っていた。実際には噂だけで、何もないのが常だ。近所の人が面白がって勝手に言っているだけだろうと思う。越してから気にはしていたが、怪しい気配はない。
「夜中、どうですか」
「夜中とは」
「あなたが眠られたあとです」
「寝ているときに何か」
「気付きませんか」
「寝ているもので」
「そうですか」
「寝ているとき、何か出ているのですか」
「らしいです」
「何が」
「まあ」
「此の世のものではないようなものですか」
「まあ、そんなところでしょ。でも分からないのなら、大丈夫じゃないですか。今までいた人は、全部それで、引っ越してます」
「引っ越したことを、出たというのですか」
「え、違いますよ」
「じゃ、何が出ているのでしょうねえ」
「出た人、これは引っ越した人ですよ。その人が見たのは着物を着た人達です」
「全裸じゃないと」
「いやいや、着物とは、和服のことです。時代劇のような」
「はあ」
「内儀さんとか、女中さんです」
「奥方様」
「はい」
「しかし、この家、それほど大きくありませんよ、敷地も狭い」
「このあたり、昔は武家屋敷が集まっていたんですよ」
「あ、そう」
「そのお内儀さんが怖い」
「はあ」
「お歯黒。ご存じですか」
「はあ」
「結婚した女性、歯を黒く塗るんでしょ。それが出ます」
「お歯黒という妖怪じゃないのですか」
「いやいや、それならもっと分かるように出るでしょ。寝ている間にしか出ません」
「私、夜中目を覚まさないもので」
「それは幸いですよ。このお内儀さん、よく笑います。下女が二人ほどいまして。この三人が座敷で笑談しているとか」
「商談」
「笑談です。笑いながら話しています」
「じゃ、楽しい話題ですね」
「しかし、黒い口の女性が夜中笑っているのですよ。もう一人婆やがいますが、この人はもう歯がないので、赤黒い歯茎が不気味とか」
「それを、ここを出た人が、話したのですか」
「そうでないと、私は知りようがないでしょ」
「実害はそれだけですか」
「他は、聞いていません。女性が都合四人、まとまって出ると言うことです。下女の一人はお歯黒じゃありませんが、目がありません」
「それは寝てしまっていれば分からないわけですね」
「そうです。だから、決して夜中に起きてはなりません」
「ああ、はいはい」
 その夜、古川は気になって、目覚し時計で夜中に起きた。様子を見るためだ。
 天窓からの明かりで、室内はそれなりに見える。布団の中から周囲を見るが、何も出ていない。
 部屋は四間ほどある。別の部屋に出るのだろうかと思い、手当たり次第に戸や障子を開けた。
 しかし、誰もいない。
 お歯黒のお内儀にもスケジュールがあるのだろうか。
 しかし、この怪談はおかしい。そのバケモノ達を見ることは永遠に不可能なように思われる。何故なら、寝ている間に出るためだ。起きると、もう出ないだろう。出ていたとしても姿を消すと思われる。
 では、それを見た先住者は何だったのか。
 やはり、これは近所の人が立てた噂で、気に入らない人が越してくると、この手を使うのかもしれない。
 
   了

   



2015年8月16日

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