小説 川崎サイト

 

去りゆく夏の感慨


 夏の勢いが衰えようとしている頃。下田は感慨に耽っていた。去りゆく夏。そして力を失っていく太陽。それらを自身に重ねているのだろうか。しかし、暑い。
 約束が違う。筋書きが違う。真夏に戻ったような暑さだ。これでは、次なるシーンへと移れないではないか。
 暑苦しくなってきたので、汗を拭きながら下田は感慨をやめた。目の前の暑さの方が問題で、帽子も被らず外に出たことを悔いた。朝方は涼しかったので、そのつもりでいたのだ。しかし、暑さがぶり返している。
 携帯ラジオを付けると、まだ甲子園で高校野球をやっている。決勝戦ではない。それを過ぎると、がくんと涼しくなるはずだ。
 下田は木陰を探すが、歩道にはない。近くに神社があり、その境内は繁みなので涼しいだろうとは思うが、距離がある。そこで街路樹のある道へ向かおうとしたが、これは家に戻った方が早い。
 戻り道、下田は完全に夏のシーンに戻っていた。去りゆく夏を感傷的に楽しみたかったのだが、暑さにやられた。
 季節は行きつ戻りつと言うが、ここ二三日気温は下がる一方だったのだ。しかし戻りがある。それが今日だった。悪い日に感傷散歩に出掛けたものだ。
 期待は裏切られる。予定は狂う。普通のことではないか。目論見は外れ、天気も外れる。これが自然の摂理だろう。しかし、大きな流れは動いている。このまま猛暑日がずっと続くわけではない。明日になると、ぐんと涼しくなり、秋モードへの道を進むだろう。
 その明日が来たが、朝から暑い。こんなことは生まれて初めてだ。この季節、起きたとき汗ばんでいるのだ。
 寒暖計を見ると、それほど高温ではない。期待通り涼しくなっている。万が一と思い体温計を脇に挟む。しばらくしてピーと音がした。デジタル数字を読み取る。実はその前に分かっていたのだ。脇に挟んだ瞬間体温計の先が冷たかった。熱があるのだ。案の定平熱を越えている。大した熱ではないが、風邪でも引いたのだろうか。その心当たりがない。
 夏風邪はいつ何処で引くか分からない。それはよくあることなので、その日は静かに部屋の中で過ごした。
 庭の向こうに青空が見える。雲は高く、薄い雲が浮いている。真夏の甲子園の雲ではない。
 去りゆく夏の感傷散歩は、もう少し後回しにして、夏風邪養生コースに乗った。
 蝉の声の聞き納めでもするか、と思いながら、再び横になる。熱があるため暑いので、扇風機を付けるが、しばらくして悪寒が走った。体温調整が狂ってしまったのだろう。風邪で悪寒、関節が痛い。よくあることだ。
 しかし、蝉が喧しい。この頃の蝉は鳴き声に力がないはずなのだが、何を力んでか、声高だ。あれはメスを呼んでいるのだろうか。子孫を残さないと、死ぬに死にきれないのだろう。きっと最後までもてないままの男だろうか。
 蝉が鳴き止んだ。無事に相手が来たのかもしれない。魅力よりも、もうメスもオスが他にいないので観念したのだろう。
 今度は蛙が鳴き出した。雨が近いのかもしれない。
 下田はそのまま寝入った。その間、雨が降った。
 それで、一気にクールダウンしたのか、待望の去りゆく夏のシーンとなった。
 下田の夏風邪も去り、お待ちかねの去りゆく夏の感慨に耽ろうと、散歩に出た。
 しかし、暑い。
 今年はタイミングが悪いようだ。
 
   了

 




  


2015年8月19日

小説 川崎サイト