小説 川崎サイト



恐怖のエレベーター

川崎ゆきお



 忙しい時期ほど、のんびり過ごしたいものだ。
 倉田はスケジュール帳を見ながら、空白を探したが、休める日は当分ない。もし休んだとしてもそれが尾を引き、ますます忙しくなる。
 睡眠時間はこれ以上縮める気はない。もう若くはないため、無理が効かないのだ。
 忙しくなったのはここ数年で、それまでは暇を持て余していた。その間、どうでもいいようなことで過ごしたのだが、今となっては懐かしい。
 仕事は順調で、抱え切れないほどだ。どう計算しても休める日は当分ない。
「倉田さん、どう思います。今のアイデア」
 倉田は会議室で居眠っていた。座ったまま眠っていたのだ。
 黒い犬に追いかけられている夢を見ていた。
 坂口の声で目が覚めたのだ。
「ああ」
「この案件を受けますか?」
「誰がやるんだ」
「クライアントは倉田さんを指名しています」
「折角だ。受けよう」
「はい。では早速チーム割りします」
「ああ」
 倉田は休むどころか、蒸発したくなった。
 携帯を開くとメールが溜まっていた。この携帯を捨てたくなった。
 何かが狂いだしたわけではない。自爆なのだ。自爆したい衝動が襲っている。
 すべてを放り投げ、消えてしまいたい。
 まさか、それをやるために忙しい日々に持ち込んだわけではないが、ここでケツを割ると気持ちがいいだろう。
 倉田は、エレベータに乗った。
 何処へ行くのか決めていない。乗っているのは倉田一人。ボタンさえ押さない。
 ドアが自動的に閉まり、下降し始めた。
 倉田は落下を続けた。
 ドアが開いたので降りる。
 誰もいない。誰かがボタンを押したまま何処かへ行ったのだろうか。
 倉田は階を確認した。二階だ。
 どの階も同じような構造で、部屋の名前が違うだけ。
「この階は何が入っていたのかなあ」と呟きながら二三歩進んだところで目の色が変わった。危険を感じたときに見せる動物的なあの目になった。
 このビルには二階がないことに気付いたのだ。一階の天井の高さを思い出した。空中に立っている。浮いていることになる。
 倉田は振り返り、エレベータを見た。
 階を示す数字を見間違えたことを期待しながら。
 
   了
 
 
 

 

          2007年2月14日
 

 

 

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