小説 川崎サイト

 

クレームバイト


 今日は朝から体調が悪いので、早く仕事を終わらせて帰ろうと竹中は思った。そういう日に限り、面倒な仕事が入ってくるか、トラブルが起こり、普段よりも帰るのが遅くなる。
 今回はどうかと竹中は心配した。早く帰り、部屋で寛ぎたい。今日一日は坊主でもいい。坊主とは一匹も魚が釣れないことを差す。今朝はいつものように仕事を始めたが、消極的な仕事で始終した。整理のようなものだ。あまり頭を働かせたくないし、その気も起こらないので、パソコンに向かい、使わないようなファイルを整理していた。殆どが削除だ。一年前のメールなど、もういらない。それなりの情報価値はあるだろうが、大事なことはメールでは決まらない。ただ、当時、先方がこういうメールで、どんな態度でいたのかが窺える。だから、補足、参考程度のものだ。その送り主との関係は今はなく、休火山状態。まったく関係しないわけではないが、アクティブではない。このまま死火山状態になるような相手だ。そういう相手はいくらでもいる。ただ、一年前なので、最近のことだ。活火山になる可能性が残っているが、そのときはそのときだ。
 しかし、そういう判断を体調が悪いときにやると、結構気分的になる。気に入らないものは削除率が高くなる。ゆとりがないためだ。
 一度一日を投げてしまうと、もう何があっても仕事をする気にはなれない。それを考えると、早く帰った方がいい。下手に事務所にいると、用事ができるかもしれない。
 竹中は借りている個人事務所のドアを開けた。といっても椅子から手を伸ばせば届くほどの距離にある。
 ドアを閉めたとき、その音に気付いたのか、二つ先の事務所の綾部が出て来た。
「一寸手伝って欲しいことがあるんだけど。どうせ暇でしょ。時間給出すから」
「ああ、一寸体調が」
「それはいつもだろ」
「ああ」
「手伝ってくれれば助かるよ。その方が君も収入になるじゃない」
「ああ」
「まだ何も仕事、していないんだろ」
「準備中だよ」
「じゃ、いいね」
「まだ、引き受けていないけど」
「時間給弾むから、助けてよ。君のここでの収入、殆ど僕が出しているようなものなんだし」
「助かるけど、今日は一寸体調が」
「元気そうじゃないか」
「見た感じはそうだけど」
「何処が悪いんだった」
「何となく、気分が」
「ああ、オツムね」
「ああ」
「それも体調のうちだからねえ」
 竹中は結局いつものように午後からは綾部の手伝いとなった。その内容はサポートだった。電話で苦情を聞く役だ。綾部はそれなりに稼いでいるが、やり方が荒っぽいのだ。
 二人のオフィスの間にもう一部屋ある。ここの人はずっと出て来ていない。失敗したのに、まだ借り続けているのだ。その部屋と綾部の部屋は衝立一つ。だから、ここに竹中が引っ越せば、綾部の部屋と合体できる。そうなると、ますます綾部の部下になってしまう。
 竹中は結局夕方過ぎまで、サポートバイトを勤めた。
 体調が悪くなったのは、このバイトをしているためかもしれない。
 
   了

 


2015年8月25日

小説 川崎サイト