小説 川崎サイト



追い詰める

川崎ゆきお



「人間追い詰められないと何もしないものだよ。私が必要以上に部下を追い詰めるのはそのためでね。これが私のやり方で、成功した秘訣でもある」
 受講生は黙って聞いている。
「限界を自分で作ってはいけない。まだまだ出来るはずなんだ。能力は眠っている。それを目覚めさせるべきだ。そのため、私は部下や仲間を追い詰める。するとどうだ。追い詰められると凄い力を出す。今まで何度もそれを見てきた。やれば誰でも出来るんだ。それをやらないだけの話なんだ」
 受講生は反応しない。静かに聞いている。
「私が追い詰めると逃げ出す奴がいる。残って頑張った人間は見違えるほどレベルアップし、私から離れても大きな仕事をやっている。成功しているのだ」
 受講生の姿勢が崩れ始めたのか、会場にさざ波が起きている。二十分が限界で、それを越えると集中力が緩むのだろう。鼻をかいたり、首を回したりの細かい動作が、さざ波のように見える。
「私が言いたいのは自分を甘やかすな。持っている力を出し切れ、そしてそれを越えてからが仕事だ。そうでないと、ライバルに負ける。負けると君達の会社も弱り、ボーナスにも響くだろう。結局は自分に跳ね返って来る。良い仕事をすれば引き抜かれ、より良い条件で仕事が出来る環境も得られる」
 受講生の大半はもう聞いていない。
「やる人間とやらない人間との差は大きい。成功するにはやる人間になることだ。それには限界に挑戦する気構えが必要だ」
 目を閉じて居眠っている受講生が出始めた。
「自分の能力に目覚めるべきだ。それには自分を追い詰める心構えが必要だ。私は部下に恨まれてもいいから酷いことを言う。敢えて言っているのだ。それで部下は奮い立つ。今まで出さなかった力を出す。私が追い詰めるのはそのためだ」
 受講生達は最初の数分で講師の話を理解していた。
 一人が立ち上がり、会場から出て行った。
「精神力はまだまだ進化する。能力は追い詰められることで飛躍的に伸びる。本当に良い仕事をやりたければ、限界を超えたところまで追い詰めることだ。そこで摘んだお茶はおいしい」
 会場に受講生の姿がない。追い詰められた講師は、それでも語るのをやめない。
「追い詰められてからが勝負なんだ。ここからが勝負なんだ」
 
   了
 
 
 

 

          2007年2月15日
 

 

 

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