小説 川崎サイト

 

予約するキリギリス


 涼しくなりだしたとき、キリギリスは早い目に蟻の家を訪ねた。転ばぬ先の杖、早い目早い目の対応に出たわけだ。
「食べるものを分けて下さい」
 蟻は暑い日でも汗をかきながら作物を栽培したり、木の実、草の実を保存していた。
「まだ冬ではありませんが」
「だから、早い目にお願いに来ました」
「今なら、まだ食べるものは野山にありますよ。今からでも遅くありませんから、冬備えには間に合います」
「ところがイベントが入りまして、冬前まで忙しいのです」
「何のイベントですか」
「当然、音楽です」
 キリギリスは夏の間も、ずっと楽器の練習をしていた。
「じゃあ、その出演料で食べ物が買えるじゃありませんか」
「ノーギャラなんです」
「おやまあ」
「だから、道楽です」
「出演料が出るほど有名になって下さいな」
「いや、一円も出ないわけじゃないですが、それでは食べていけないのです」
「どちらにしても、頑張りなさい。いや、そんなことより、自分の食い口ぐらいは自分で調達しないといけませんよ」
「練習やイベントで忙しくて、野に出られないのです」
「困った人ですねえ」
「この国の文化のためです」
「あ、そうなの」
「はい、みんなのためになることをやっています。そして文化度を上げる大事な仕事なのです。決して個人的な楽しみでやっているわけじゃないのです。だから、キリギリスさんの援助は国のため、文化のために役立ちます。だから、寒くなってきたら食料を分けて下さいね。今はまだ拾い食いができますが、そのうち野からも山からも食べるものがなくなります。熊さんなんて、食べるものがないので、冬眠するほどですから」
「しかし、早い目の予約ですねえ」
「はい、例年なので、急に言い出すとお困りになるはずなので、予約を入れたわけです」
「分かりました。私の食料がお役に立つのなら、喜んで差し上げましょう」
「有り難うございました。これで、安心して冬までのイベントに参加できます」
 そのイベントだが、一般客は来ず。仲間内の道楽者しか集わない道楽イベントだった。
 
   了



2015年9月3日

小説 川崎サイト