小説 川崎サイト

 

狐狸の妖怪


 冬場冬眠で、夏場は夏バテで死んだようになっている妖怪博士だが、少し秋めいてきたので、動き出した。春先の虫の蠢きではなく、涼しくなってからの虫だ。鈴虫やバッタのようなものだろうか。
「イナゴは霊的な存在だったのかもしれんなあ」
 いつものように妖怪博士付きの編集者に語り出す。
「イナゴですか」
「あれは、群れる。集団的な狂気のようにな」
「イナゴは妖怪化しますか」
「イナゴはイナゴのままだろう。数が多いと、それだけでも妖怪のようなものじゃ。集まれば雲より大きなモンスターだ」
「この季節ならカマキリでしょ。あれは形からいっても妖怪になるでしょ」
「ああ、あの鎌が異様じゃのう。だから、カマキリをモデルにした妖怪もいるはず。それにオスを食い殺すらしいので、人から見ればそれは妖怪じゃ」
「カマキリ夫人なんていましたねえ」
「それよりも」
「何ですか博士」
「話の腰を折るようだが、狐狸だ」
「また、狐と狸の話ですか」
「狐や狸の絵を見たことがあるだろ」
「あります。玄関先には狸の置物があるし、お稲荷さんに行けば狐がいますよ」
「違うだろ」
「え、間違ったこと、言ってます?」
「そうじゃなく、本物の狐とは違う」
「それは当然でしょ。作り物なんですから」
「そういう意味ではなく、似ておらん」
「はあ」
「例えば狐や狸の剥製を飾っていても、それらしく見えん」
「ああ、犬のように見えたりしますね」
「動物園で狐を見てもそうだ。狐はこんな動物だったのかと始めて見る思いじゃ。狸もそうだ。見慣れた狸じゃない」
「それはありましたねえ。檻の中で探したりしましたよ。イメージがなかなか合致しなくて」
「四つん這いで歩いている狸を見ても、狸と思いにくい。あれはやはり後ろ足だけで立たないとだめじゃ。下腹を出してな。それと徳利と背には笠を」
「そうすれば、すぐに分かりますよ」
「だから、本物の狐や狸とは遠いところにある。この差、この違いが変化、つまりヘンゲで、化けたのも同然」
「それは特徴を抜き出し、誇張、デフォルメしただけでしょ」
「その行為の総称を妖怪化と言うのかもしれんが、怪しいものに限られる」
 妖怪博士は夏の間、ずっとそれを考えていたようだ。
「それだけじゃ」
「それだけですか。本物と少し違うから妖怪と」
「単純に言うとそうじゃが」
 一夏の成果にしては大した研究ではなかったようだ。
 
   了



2015年9月7日

小説 川崎サイト