小説 川崎サイト

 

調子の悪い話


「調子の良いときほど気をつけた方がいいでしょう」
「調子に乗るなと言うことですか」
「おちょうしのりもそうですが、まあ、これは人目の問題でしょう」
「じゃ、人目がなければ、調子に乗ってもいいのですね」
「いいのですがね、調子の良いときほど思わぬミスやトラブルに巻き込まれやすいのです」
「調子がいいのにですか」
「体調もそうです。調子がいいので、無理が利く。油断というわけではないのですが、限界を超えた動きをしてしまう。これができるので、調子が良いときは記録が出ます」
「じゃ、調子がいい方が、やはり良いんじゃないのですか」
「調子が良いときほど用心しないといけません」
「悪い面も出てしまうと」
「そうです。これが調子が優れない、悪いときはそれなりに用心深くしているでしょう。そのときの方が安全だったりします」
「はい」
「調子は良くも悪くもない。つまり普通ですな。この状態が一番いいのです。調子を気にする必要はない。だから、今日は調子がいいとか悪いとかは考えない。悪いときと良いときに考える。それは朝、起きたとき、既に分かったりしますがね。ただし、体調ですが」
「はい」
「体調だけではなく、日々の流れがあるでしょう。今日はいやなことをしないといけない日だとか、今までやったことのない用事をする日だとか、そういう気分的なものも左右します。調子の良い人は、そういうのが順調にこなせているのでしょうねえ」
「先生の今日の調子はどうですか」
「悪いです。だから、こんなつまらん話をやっているのです」
「はい」
「調子が悪いときの方が、私は好きです。行動が狭くなりますがね、しかし丁寧になります。最前線より少し引いたところにいる感じでしてね。その方が余裕がある。まあ、調子が悪いので、余裕のある場所にいるだけですが」
「はい」
「調子の良いときなどほんの僅かです。だからそれを標準にするのは難しい。だから、調子は悪いか普通か程度が好ましいのです」
「はい」
「調子の良いときでも、徐々に下っていったりするものです。だから私は調子が良いときは嫌いです。何か悪いことが起こるような気がしてならないからです。こんなに調子がいいのはおかしいぞ、とね」
「はい」
「だから、調子の良いときは不安なのです。悪いことが起こる前触れではないかと心配になってきます」
「先生」
「何かね」
「今日は私の調子が悪いようなので、これ以上お説を聴けません」
「そうか」
「はい」
 
   了


2015年10月10日

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