小説 川崎サイト

 

高楼


「お寺の上に上がったんだ。登ったと言ってもいい」
「寺の大屋根ですか」
「そうじゃない。高い寺なんだ。それは本堂ではない。鐘撞き堂よりは大きいが、結構高い。五階建てはあるかもしれん」
「塔ですね」
「階段がなく、梯子なんだ」
「柱は何処に」
「よく見えないが、板で囲んでいる」
「五重塔のようなものですか」
「あれは階段で上がれるだろ」
「まあ、人が住むような場所じゃないと思いますが、何とか一番上までいけると思いますが」
「そういう屋根が積み重なったような塔じゃなく、下は何もない。最上階だけがある。そこは結構広い」
「じゃ、櫓のようなものですか」
「ああ」
「座敷から境内が見える。本堂や講堂のようなものもある。広い境内に人がいる。こちらに来る。二人だ」
「知っている人ですか」
「ああ、二人ともよく知っているが、この二人は面識がない。それなのに、まるで知り合いのようにして歩いてくる。私が塔の上にいるを見付けてね」
「妙な話ですねえ」
「隣にも塔があり、そこにも座敷がある。こちらには誰もいない」
「それがもし五重塔のようなものだったとしても、二つ並ぶとは思えません。それに、そんな五階部分だけが使われているような塔はないと思います。使い方が」
「そうなんだ。見張り台でもないし、何かの行事をする場所とも思えん。しいて言えば、もの凄く高い高床式」
「それが二つも」
「そこで、何をしていたのですか」
「座敷には何もない。だから、下を見ていた」
「何のために上がったのですか」
「梯子を上がっているところは知らい」
「え」
「いきなり上がっていた」
「夢ですね」
「そうだ」
「それで、どうなりました」
「二人が同じように梯子に取りかかろうとしたとき、目が覚めた」
「何でもありですね」
「夢だからね」
「何でしょう。思い当たるところは」
「本当にそんな状態なら、私は五階建てもあるようなところにかかっている垂直のはしごで下りられないと思う」
「梯子はどんな感じでした」
「しっかりとしており、梯子にしては幅が広い。段と段の間隔もほどほどなので、楽に上り下りできるはずだが、何せ高い」
「じゃ、降りれないという話じゃないのですね」
「夢の中ではそんな心配をしていない。また、その二人も簡単に上ってきそうだった。上るシーンはなかったがね」
「はい」
「ただ、階段から降りられない夢を見たことがある」
「梯子じゃなく」
「そう、階段にしては段が高すぎたりする。よじ登らないといけないような階段の夢。降りるときもそうだ。まるで崖のような階段。しかし、今回は梯子なので、しがみつけるので、怖くなかったのかもしれない」
「あなたを見付けて、上ってくるその二人とはどんな関係ですか」
「仕事仲間だ。ライバルとも言えるが、別に張り合ってはいない。仲良しだ」
「はい」
「後で考えると、その塔の上の座敷、宴会座敷のようだった」
「色々なものの象徴だと思われますが」
「塔そのものが象徴だろう」
「しかもお寺にある塔で、上だけ使える座敷。舞台にしては高すぎますし、宴会の座敷しても、場所が」
「料理も運びにくいだろうねえ」
「はい」
「しかし、こうして話していると、目覚めたときの印象が遠くへ行ってしまった。何か訳の分からない楽しさと怖さが同居しているようなね」
「はい、夢でしか体験できないシーンなので、何とも言えません」
「それなんだ。その何とも言えないという感じなんだ。それを言ってしまったので、糸口があったのだが、消えてしまったよ」
「あ、はい」
 
   了



 
 


2015年9月24日

小説 川崎サイト