小説 川崎サイト

 

焼き芋虫


 妖怪博士は、最近生身の妖怪談が切れたので、妖怪的なものに目を向けている。怪獣もそうだが、何匹、何体も現れ過ぎると、似たような形になる。それに飽きてくる。
 生身の妖怪とは肉体のある妖怪だ。当然それは生きている。そして動物のように動くのが好ましい。これも人が考えた形のためか、形に限りがある。しかし、人の顔が違うように、似ていても、同じ人は世界中に一人しかいない。瓜二つの双子でも、ホクロありとなしとがある。しかし、人間なので、それほど極端な違いはない。目玉が三つあるとか、目のあるところに鼻の穴があるとかだ。これは動物でも滅多にない。イカやタコは何処が頭か胴なのかが分かりにくいが。
 生身の妖怪がウロウロしていた時代も、実際にはないので、昔からそんなものは想像上の生き物だが、妖怪の剥製などは残っている。当然合成ものだ。むしろ、妖怪よりも、その技術の方を愛でるべきだろう。
 しかし、妖怪博士は仕事柄、珍しい妖怪について語らないといけない。だが、気が乗らないので、最近その連載を休んでいる。
 その掲載雑誌の編集者が、今日も催促に来ていたが、是が非にでも書いてもらわないといけないほど人気のある連載ではなく、雑誌の売上げとは関係がない。むしろ妖怪博士が穴を開けたとき、新人ライターが書いた妖怪談の方が人気がある。
「妖怪的な話ではだめか」
「何でもかまいません」
「そうか、それなら書いてみたいものがある」
「妖怪的な話って、何ですか博士」
「これは基本だ。つまり妖怪の発生。何故妖怪を作ったのかじゃ」
「はいはい」
「不思議なこと、謎。人知を越えたものの仕業、こういうものに名を付けたのが始まりではないかと思われる。あんなもの、こんなものが化ける。だらか、もののけ、物怪じゃ」
「はいはい」
「そのため、最初は名がなかった。形もな」
「それは退屈な話ですねえ」
「そのため、得体の知れぬ、ややこしい奴を妖怪と言うだろう。これは良い方ではなく、悪い方として」
「長く生き延び、大きな勢力をまだ維持している人も妖怪っぽいですねえ」
「人間業じゃないからだろう」
「妖魔より、妖怪の方が人間に近い肉体を持っておる。生身だ。妖魔になると、これは肉体があるのかどうかが曖昧だ」
「妖精はどうですか」
「そちらは西洋式でな。普通の妖怪も妖精になる。ただ、自然界から発生したようなものが多い。自然から発生した小人や小鬼などもそうじゃな」
「ゲームで出て来ますねえ。動物に近い人間で、これは弱いです。雑魚キャラです」
「それらは西洋式ファンタジーの世界で、伝説とか民話とかが元になっておる」
「そういうのは図鑑があります。うちでも出しました」
「そうか」
「確かに、そのタイプの妖怪は、もう見飽きましたから、先生には現代妖怪を期待しているのですが」
「だから、ずっとそういうのを連載してきたじゃないか」
「いえいえ、最近は狐狸ばかりです。昔に戻っています」
「化かすとは、欺すこと。ぬけぬけとな。これぞ妖怪の基本じゃ。脅かす程度では芸がない」
「そういうタイプの現代版はないのですか」
「だから、最初に言った通り、妖怪ではなく、妖怪的な存在に注目したわけじゃ」
「妖怪的ですか」
「動物的な怪しさや妖しさを持つ人物でもいいし、何を考えているのか、得体の知れぬ奴。これらこそ現代妖怪と言えるが、絵にならん」
「そうですねえ。形がないと」
「妖術というのは錯覚で、物理的な攻撃ではない。まやかしじゃ。煙に巻くような」
「どれも抽象的過ぎて、子供の読み物にしては、ちょっと」
「君のところには、大人向け雑誌はないのか」
「実話系の雑誌がありましたが、潰れました」
「そうか。まあ、妖怪談を実話だというのもはばったいからのう」
「はい」
「やはり子供相手か」
「ですから、そんな面倒な話より、単純明快な妖怪を作って下さい」
「焼き芋の妖怪を考えた」
「あ、はい」
「焼き芋に目鼻があってのう。焼けたかどうか、芋屋が串で突き刺すんじゃが、それで痛いと悲鳴を上げる話……」
「聞かなかったことにします」
「そうか。続きがあるんだ。焼き芋から手足も出て、これぞ焼き芋虫」
「今日は、これで帰ります」
 いつも焼き芋のように黒い顔のこの編集者、今日は白い顔をして出て行った。
 
   了






 


2015年9月28日

小説 川崎サイト