小説 川崎サイト

 

分割話


「何もしたくない日がありますねえ」
「毎日ですよ」
「あ、そう」
「でも、結局はやってますよ。やはり何かをやってないと退屈でしょ」
「本来やるべきことをしないで、他のことをやったりします。だから何もしたくないわけではなく、いやな用事をしたくないだけです」
「それは誰でもでしょ」
「大事な用事でも、後回しにしたくなります」
「はい」
「有為なことをやるには、それなりの気力必要なんです」
「有為な?」
「本来しなければいけないことです」
「例えば」
「挨拶に行かないといけません。その相手、面倒な人でねえ、合うのがいやだ。色々と要求してくるし、言い草も気に入らない。本来なら頭を下げるような相手じゃない」
「それが本来の用事ですか。有為な」
「そうです。ここを通過しないと、先へは進めない」
「じゃ、行けばいいじゃないですか」
「ついつい後回しにして、もうそろそろ行かないと、遅いと言われそうです」
「簡単でしょ」
「気が進まない」
「遠いのですか」
「いや、電車ですぐだ」
「じゃ、電車に乗るところで、第一話にすればいいのです」
「い、一話」
「電車に乗るだけです。だから、駅まで行くのが目的です。これはできるでしょ」
「できますよ。駅まで行くのなら」
「分割すれば、簡単な事の集まりなんですよ」
「ほう」
「第二話は電車車内で座れるかどうか、つり革がいるかどうか、これは時間帯によって違うでしょ」
「それはいいが、その電車に乗ることは、先方のところへ行くということになるのでねえ」
「いや、そうじゃなく、降りる駅まで行くのが目的なんです。これで二話です」
「何ですかな、それは」
「無事に目的地の駅まで行けるかどうかが、その二話目です。これはこれで完結します。降りた駅から先は第三話目になります」
「ほう」
「駅から遠いのですか」
「歩いてすぐの雑居ビルだ」
「じゃ、その雑居ビルまでの話が第三話目です。まずは雑居ビルに辿り着けるかどうかです」
「行けるに決まっている。何度も行った場所だ」
「でも、その間、何かのトラブルに巻き込まれたり、道を間違えたりするかもしれませんよ。それに知り合いとばったり出会うとかもあります。無事に辿り着けるとは限りません」
「しかし先方と会うのが目的なので、やはり気が乗らん」
「雑居ビルへ行くのが目的なんです」
「駅と同じか」
「そうです。それで、雑居ビル内の話が第四話目になります」
「四階建ての小さなビルだ。先方の事務所は二階にある。これは階段で上がる」
「そのドアを開けるまでが第四話目です。ドア前まで辿り着くだけの話ですよ」
「まあ、そうだが」
「その相手はいますか」
「ああ、いる時間に行くからね」
「いつもどんな感じです。会うときは」
「ノックしないで、ドアを開ける。すぐにけち臭い応接セットがあってね。来客用だ。その後ろに衝立があって、事務所になっている。事務員が二人いる。奥の窓際に彼はいる」
「そのあとの話は私には分かりませんが、想像では応接セットで面会するわけですね」
「そこで色々と礼を言ったり、頼んだりする。すると、イヤミを言われたりする。彼は要求を呑むはずだが、意地悪をする。それがいやなんだ」
「その意地悪をされるまでの間に、何かいろいろあるでしょ。お茶が出てくるとか」
「ああ、お茶ぐらい出るよ。コーヒーだがね」
「だからいきなりイヤミを言われたり、意地の悪いことを言い出すわけじゃないでしょ」
「まあ、そうだが」
「いやなシーンはほんの一瞬ですよ」
「その一瞬があるから、行きたくない」
「はいはい」
「応接セットで、お茶を飲む。あ、コーヒーでしたか。だから、コーヒーを飲みに行くのです」
「また分割か」
「はい」
「話を割って軽くするのはいいが」
「軽いどころか、駅まで行くだけ、電車に乗るだけ、雑居ビルまで行くだけ、応接セットでお茶を飲むだけ。全て軽いですよ。難しい話じゃないでしょ」
「用件が難しい」
「割ればいい。分ければ、分割すれば」
「だから、支払いの分割をお願いに行く用件なんだ。分割分割と何度も言われると、ドキッとする」
「じゃ、もう既に分割話でしたか」
「ああ」
 
   了


 


2015年10月15日

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