小説 川崎サイト

 

裏神輿


 特殊な事情と言うほどでもなく、誰かが言い出したことが、未だに続いている。今では行事となり、その謂われは分かっているのだが、何かよく分からない行為となっている。それを行事と言わず行為というのは、少しいかがわしく、村の神社の祭りだとは言いにくいからだ。また、それは言ってはならないとされている。当然その行事の名はあるのだが、誰も口にしない。言ってはいけない決まりがあるようだが、それを破ると罰せられるわけではない。そこで裏神輿とか、裏神様とか呼んでいる。
 その神社が村にできた当時からあるのではなく、かなり経ってから村の顔役が言いだしたことだ。この人は変わり者で、神秘事が好きだったのだろう。氏子達も無視するわけにもいかず、また逆らえないほど力があった。それに悪いことをするわけではなく、単にお神輿を担ぐだけなので問題はなかった。それほど難しい話ではない。
 この変わり者の有力者、農村部によくあるような神事に一つ加えただけ。ただ、そのためにお神輿が一つ増えた。それらは神輿蔵と呼ばれている境内の隅にある物置のようなところに置かれている。普通のお神輿と、小さい目のお神輿だ。新規のお神輿を裏神輿といい、黒塗りだ。
 昔は両方の神輿とも担いでいたが、今は担ぎ手がいないことと、危険なため、下に台車を付けて押すタイプに代えている。本来の担ぎ棒を押すのだ。
 さらにこの種のお神輿は何度か作り替えられる。今は結構小さく、子供が上に乗り、太鼓を叩く程度のものだ。裏神輿となるとさらに小さく、リヤカー程度。これは子供神輿と大きさ重さは変わらない。
 さて、その行事だが、秋祭り、収穫後、普通に神輿が村内を練り歩く。本神輿の方はそれなりに大きいため、一般道を通るときは結構邪魔になる。亀のようなスピードで進むためだ。車が付いているのだが、重いため、歩みがのろい。
 それが終わった日の深夜、裏神輿が出る。これは魔を払うとされる行事で、笛も太鼓もない。声を出していけないため、かけ声もない。また提灯の明かりも灯さない。それに町が明るいため、ローソクを入れた提灯など目立たない。
 この黒い固まりが、深夜静かに移動している。神輿を引っぱたり押したりしている人達も黒い。神輿と同じ黒の装束。まるで忍者だ。正式な言い方は神黒子。これは見えないことになっている。
 この裏神輿、見てはいけないとされている。それに深夜なので、見る機会は滅多にない。この黒神輿が村の魔を吸い取ってくれるらしく、掃除機のように村中の道々を隈無く通る。
 古くから残る農家では門に提灯を灯しているのだが、通常の秋祭りが終わった夜なので消しているが、提灯は出したまま。当然裏神輿を迎えに出ることはない。
 ところが事情が昨今変わってしまい、村だった場所が普通の住宅地やマンションになっている。今までなかった道ができていたりする。それで、裏神輿も回る道が多くなり、総距離が伸びた。
 ただ、昔からの村の人以外は氏子ではないため、そういう祭りがあることさえ知らない。ある日突然神輿が通るのを見る程度だ。それを見て驚きはしないだろうが、裏神輿は別だ。
 妙な荷車が通っている程度なのだが、何人もの人が同じ黒装束で移動しているのは流石に不気味だ。車の通る道では、前方に軽ワゴンが事故で止まっているのではないかと思えるほど。
 この行事では、村人は見てはいけないことになっているが、たとえ見たり見られたりしても、お互い見なかったことにしている。
 昔は夜逃げと間違われたようだ。
 魔を吸い寄せるこの行事。最初に言い出した変わり者の有力者のいい加減な行事なのだが、村の年中行事として、しっかりと残っている。神輿が軽くて小さいため、扱いやすく楽なためかもしれない。
 秋空の下での本神輿よりも、こちらの押し手の方に人気があるとか。
 
   了


 


2015年10月23日

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