小説 川崎サイト

 

化けの皮


「今年は暖冬でしょうかねえ」
「暖かい秋ですなあ」
「冬のことを言っているのですが」
「だから、いきなり暖かい冬が来るわけじゃないでしょ。その前振りとして暖かい秋が先ず来る。今日この頃などそんな感じです。今がこの暖かさなら、冬も暖かいと。しかし、冬は寒い。夏に比べて。だから暖かい冬などは有り得ない。寒暖計を見れば分かるし、町行く人の服装を見れば分かる。冬服を着ているでしょ。これは決して暖かくなんてない。寒いからです」
「そういう意味じゃなく、あまり厳しい寒さにはならない程度を言っているのです。平年に比べれば暖かい目だと」
「しかし、今日は暑い」
「そうです。秋の中頃なのに、暑いです」
「これは寒くなると思い、着込んでいるためかもしれん。夏服なら寒く感じるはず」
「私らは幽霊のようなものなので、気温の影響はあまりないのです」
「爬虫類か」
「いえいえ、一応人型の化け物です。一見して人に見えるでしょ。このまま町を歩いても、化け物だとは誰も思わない。本当は暑いも寒いもないのですが、季節に合わせた服装でないと怪しまれる。だから真夏でも真冬の服が着られます。真冬の海でも泳げたりします。決して寒くはない。しかし、そんなことをすると化け物の皮が剥がれたようになりますから」
「化けの皮ですか」
「化けの皮が剥がれても、中は普通の人間と変わらない。服を脱いだだけのことでね」
「そうですなあ。それが我々人型化け物の特徴でしょう」
「そうです。そして正体と言っても大したことはないし、化けの皮の皮も普通の服装ですからねえ」
「我々が化け物だと気付かれないのは、普通にしているためでしょうなあ。特に何かをやるわけじゃない。目立たないように人の中に混ざっているだけなので」
「美味しいものも食べたいが、別に何も食べなくても生きていける」
「それなんです。食べたものは何処へ行くんでしょう」
「口から喉を通り食道を下り、胃の中でしょ。とりあえず」
「いや、喉を過ぎると消えていますよ。だから、腹が膨らまない」
「そうでしたなあ」
「きっと別のところへ行くんでしょう」
「下に落ちてませんでした」
「落ちてません」
「そうですなあ。ミルク飲み人形じゃないから」
「ところで、このあとどうします」
「暖かい秋で気分がいいので、もう少し散歩をしてから消えます。温度は関係がないと言っても雰囲気で分かります」
「消えるとき、注意して下さいよ」
「はいはい、誰もいないところか、大勢人がいるところで消えるようにしています」
 
   了



 


2015年10月24日

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