小説 川崎サイト

 

空き時間


 少し間が開き、ぼんやりしているときがある。次にすることがまだないからだ。例えば駅のホームに上がり、電車を待っているような、一寸した待ち時間。
 竹村はベンチに座り、電車を待っているのだが、すぐに来そうだ。鞄の中に本がある。それを取り出して読めば、この空き時間はあっという間に過ぎる。数分から十分以内に電車は来るはずなので、鞄のファスナーを開け、本を取り出し、開いて、さあ読もうかと思うと電車が来ていたりするので、空き時間としては短すぎる。その本は次のページを早くめくりたいというような内容ではなく、参考のために目を通す程度で、勉強のようなものだ。
 読み始めたとき、電車が来たとしても、そのまま乗って、車内で読めばいいのだが、座れるとは限らない。また、この駅から目的の乗換駅までは数分だ。あっという間に着いてしまう。
 竹村は目が悪くなったので、老眼鏡がなければ読めない。そのため、本を取り出すだけではなく、眼鏡も出さないといけない。眼鏡だけが鞄に入っているわけではなく、眼鏡ケースの中に入っている。このケースが邪魔で、鞄の中に戻せばいいのだが、僅かな時間なら持ったまま読んでいる。
 というようなことが頭にあるので、この駅での電車待ちでは何もしないでいることが多い。大した用事で行くわけでもなく、気になるような用件でもない。そのため、行き先でのことは考えなくてもいい。
 さて、この僅かな空き時間、結局ぼんやりと過ごすことになるが、時間にして数分だろう。時間が止まったように見えるのは、次の行為ができないためだ。
 このぼんやりが絵を吐き出していた。それは昔の記憶だ。そのワンシーンだった。これも大した内容ではなく、かなり前の知人が出て来た。急に知人が湧き出してきたので、その続きをひねり出した。きっかけはいきなりだったが、後は連想に任せて、思い出そうとした。
 その知人とはよく合っていたので、色々なシーンが出てくるはずなのだが、殆ど忘れている。全てのシーンが録画されているわけではないためだ。
 竹村は意地になって思い出そうとしたが、次々と出てくるわけではない。その知人と過ごした総時間はかなりの長さだ。しかし、断片しか出てこない。顔さえもはっきりとした絵を出してくれない。
 そんなことを思い浮かべている間に電車が来た。上手く空き時間を埋めたような感じだ。
 電車に乗り込むと案の定空席はない。少し詰めてくれれば座れそうなスペースはあるが、すぐに着くので、つり革にぶら下がった。
 そして、すっと目を下ろすと、先ほどの知人が座っていた。と言うようなことは当然ない。あれば凄い予知能力だろう。
 
   了



 


2015年10月31日

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