小説 川崎サイト



忘れる

川崎ゆきお



「ファーストフード店でね」
「はい」
「アイスコーヒーを注文したとしよう」
「何の例えでしょうか」
「いや、まだ例えていない」
「はい」
「レジの店員がアイスコーヒーの紙コップをトレイに置く。もちろん中身は入っている。そして、それを客に渡そうとする。レジで受け取る店だがね」
「まだ、よく分かりません」
「だから、まだ例えていない」
「はい」
「店員は、ありがとうございましたと言った瞬間、いつもと違う何かを感じる」
「はい」
「フレッシュを出すのを忘れていたわけだ。それに気付く。あっ、と言いながらすぐにフレッシュとシロップを乗せる」
「忘れていたのですね。ミスですね」
「それで、ありがとうございましたと言った瞬間、また気が付く。何かまたいつもと違う」
「何でしょう」
「ストローも忘れていた」
「はあ」
「店員は照れ笑いする。客も釣られて笑ってしまう」
「はい、それで何の例えでしょうか」
「君の場合、忘れていることを忘れている」
「ああ」
「その店員はミスをしたが、すぐに気付いた。君は気付かないままだ」
「そこに来ますか」
「この差は大きい」
「すみません」
「これは何かというと、いつもと違うことに気付くことなんだよ。その店員はフレッシュとかストローを思い出したわけじゃない。足りないアクションに気付いたんだよ。いつもの流れとは違うことに気付いたんだよ」
「そうですねえ」
「気配で覚えるとはこのことなんだ。君にはそれが欠けている」
「はい、よく分かりました」
「いつもと違う気配があるんだ。その気配に敏感になることだ。そうすれば、何かを忘れていることに気付くはずだ。その店員は忘れていたことをすぐに思い出せた。その差は大きい」
「でも、本当に忘れてしまうことだってあるでしょ」
「例えば?」
「この例え話聞くの三度目なんですが……」
 
   了
 
 



          2007年2月21日
 

 

 

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