小説 川崎サイト

 

達人の言い訳


 一つのことを極めると、他のことをするときも、こなしやすくなる。これは物事を極めたとき、コツを得るためだろう。しかし事柄によりそのコツが通じないこともあるため、一芸に秀でた人は他のこともでもスムースに行くとは限らない。
 一芸とは一つの芸で、一ジャンル内での話。ただ極めるというより要領を得たのだろう。慣れることにより、学習した。
「私は力まないことが達人の要領だと思います。何事も力を入れないことが長く続けられる理由だと」
「ほう」
「力むとは力です。腕力です。体力です。これは力まないよりも強い力が出せますから効率はいいのです。疲れますがね。若い頃ほど力任せにやってしまうことが多かったのですが、荒っぽいやり方、つまり力業ばかりでは長続きしません」
「ほう」
「そこで見出したのが、あまり力を掛けないで、力まないでやる方法です。これは年と共の体力も落ちますからねえ」
「どんな方法でしょう」
「まずは簡単な事からやっていくことです。敵の本陣を攻め、大将首を取れば早いのですがね。それには大きな力がいる。勝負はそちらの方が早く、また短時間ですませられます」
「正面からの無理攻めというやつですね」
「そうです。これは疲れます。だから、周辺からぼちぼちと潰していくのです。これで敵の力が十から九ほどに減ります。さらに敵の力を減らすような細かい戦い、これはそれほど規模は大きくありません。徐々に減らしていく。すると、獣の力が十だったのが四ほどになります。これなら楽でしょ。また、四に減ったので、敵はもう逃げ出したりしますしね」
「一つの戦法ですねえ」
「そうです。色々とあるはずなのですが、私はこういう徐々に詰めていく方法が好きなんです」
「それも一つの方法ですねえ」
「これが私が会得したコツです。ただし万人に当てはまりませんから、ご了承下さい」
「その方法が何故いいのですか」
「プレッシャーとか緊張感に負けるからです。ですから、プレッシャーを減らす作戦なのです。これは一気に勝負を付けるより時間はかかりますし、長丁場になります。急いでいるときは、そんな悠長は方法ではだめですがね」
「でもその戦法はよくあるでしょ」
「よくある戦法というのは、それだけ普遍性があるのです。そのため定番になっています」
「定番ですか」
「まあ、私が見出した方法じゃなく、よくある方法の中の一つを選んだようなものですが、そこに至るたるまでは色々他の方法にも手を出しましたよ」
「その方法が快かったのですか」
「そうです。力まないで軽くやる。これなら、取りかかるのも簡単でしょ。最初は難しくないのです。その先に難しいものが見えていましても、そこに近付いた頃にはもう大したものじゃなくなっていたりしますからね」
「ほう」
「ただ、これは長く時間がかかりますから、勝負がなかなか付きません。敵の本陣はまだ健在ですからね。一気に大将を倒した方があとは楽です。そういう方法もあります。山場を早く越える」
「僕はそちらのタイプです。一番難しいことを先に済ませます」
「当然それでもいいのですよ。どう極めるかは人それぞれ、性分に合った方法になるはずです」
「しかし、あなた」
「何ですか」
「一日でできることなのに、あなた三日もかかっていますよ」
「だから、今こんこんと説明したでしょ」
「ただの草むしりですよ。大した力はいらない」
「いえ、下を向いて中腰になると、腰を痛めるし、急に抜けたとき、力を入れすぎて指が痛くなったり、頭がふらっとするものですから」
「まあ、言い訳はそれぐらいにして、さっさとやって下さい」
「あ、はい」
 
   了



2015年11月2日

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