小説 川崎サイト

 

大手柄


 昨日何があったのか、と村田は思い出そうとした。何か重大なことがあり、今日はその変化をもろに受けているわけではない。昨日の出来事を思い出そうとしていたのだ。これは記憶力のテストではない。
 結局印象に残るものはなかった。昨日は昨日で一日生きてきたわけなので、もしそれらすべてが動画で記録されていたとすれば、昨日はどんな感じだったのかは分かる。しかし、それを見ても楽しいとは思えない。なぜなら、昨日は特に楽しい一日でもなく、何をして過ごしていたのかを忘れてしまうほど前日の繰り返しが多いためだ。
 これが昨日、旅行など、いつもとは違う場所へ行ったのなら、また別だ。楽しかった場合は、その楽しさをもう一度再現させて噛みしめたい。
 良いことがあったとき、道を歩きながらそれを思い出しているのか、にやにやしている人がいる。他の理由でにこやかなのかもしれないし、またそういうニコニコ顔の人かもしれない。
 そんなことより、昨日のことが気になる。何もなかったわけではない。朝の寝起きはどうだったとか、昼に何か食べたはずだし、仕事もやったし、散歩にも出た。しかし、印象に残るようなものではないためか、記憶をたどると、それなりに出てくるが、言うほどのことではない。
 ただ、少しだけ良かったこと、良い感じだったものも出てくる。それらさえもすぐに思い出せないのだから、大した内容ではない。
 村田は最近寝る前に、良い感じで寝付きたいので、一日あった中から、良いことを思い出すようにしている。これは手柄のようなものだ。それを寝る前に今日の大手柄として再現させている。
 これは質ではなく順位だ。何もないときでも、特価で安い魚を買った場合、これが一位なることもある。他にないからだ。
 ここで良いネタを思い出した後、寝てしまうので、翌朝、忘れてしまっているのだろうか。もう発表が終わったので、用済みになったように。
 そうなると、今日の大手柄が問題になる。ここでピークを迎えるのだ。決してそれが問題ではないが、一日の締めくくり、トリの行事だ。ここがメインになっているような気がしてきた。
 寝る前、良いことを思い出したり、してやったりなことを思い出すと、気持ちがいい。本人は大手柄だと言っているが、内容ではなく、順位なのだ。だから、寝る前の大手柄を充実させるために、その日一日頑張ろうというものではない。
 何もなく、あまり良いことがなかった日でも、今日は熱いものを口に入れても歯が痛くなかったとか、その程度のものが一位に入ってきたりする。
 実際にはこの方式の方が良い。大手柄のために何かをするのは疲れるためだ。そして、その日、手柄を立てられなかった場合、良い気分では寝付けないだろう。
 
   了
 
 

 


2015年12月4日

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