小説 川崎サイト

 

小春日和の昼前


 冬の小春日和。冬なので小さな春を差すのだろうか。いつもよりも暖かく、晴れている日。暖かいというより、寒さがましな日。猫などが表に出て、ひなたぼっこをしていそうだ。行儀よく座っていても、徐々にうとうとし、左右に揺れるような。
「こんな日は出かけたいですねえ」
「あ、そう」
「晴れて気分もいいし、絶好の行楽日和ですよ。寒い日が多い中、貴重な日です。次の小春日和はいつになるか分かりません。今を逃がすと、次はいつになることやら」
「私はこんな日こそ、家にいたいです」
「それはもったいない」
「暖かいので、部屋の中にいても気分はいいのです。それに今日限りだと思っていましても、翌日、もっと日和がよかったりします。二三日続いたりしますよ」
「そんな日もありますが、殆どは一日です。翌日はいつもの冬に戻っています」
「そうですねえ」
「ここを逃しては、二度とない、絶好の小春日和。これは後で後悔しますぞ」
「出かけてもいいのですが、今からなら昼をどうするかで悩みます」
「出先で食べればいいのですよ」
「いや、夕べの残り物がありまして、それを昼までに食べておかないと、もう腐るのです。すでに腐りかかっています。昼が最後のチャンスです。これが気になりましてね」
「じゃ、食べてから出かけられたらいかがです」
「ご飯がないので、それを炊かないといけません。すると一時間はかかる。食べる時間を入れると一時間半。この時期は日が落ちるのが早い。それでは遅すぎます」
「じゃ、その残り物は無視して、さっと今から出かけられたら」
「その気はあるのですが、何処へ」
「あるでしょ。方々」
「気乗りがしないのですよ。ずっと行きたいと思っていたところがあれば別ですが、それがない」
「私は出かけますよ」
「何処へ」
「滝です」
「た、滝」
「まだ紅葉が残っています。その滝のある場所に」
「紅葉の季節は終わったんじゃないのですか」
「いや、まだ残っているんですよ。今なら地面に葉が落ちて、赤や黄色の絨毯を敷いたように見えます」
「その滝のある場所までどれぐらいかかります」
「ここからなら、昼少し過ぎには着きますよ。駅から紅葉の滝までの間に露天なども出てますしね。滝のすぐ前には茶店が何軒もある。だから、お昼はそこで食べるのです。川魚定食がおすすめです。どうです。これから一緒に行きませんか。バスを二つほど乗り換えれば、すぐです。準備などいりません」
「カ、カ」
「蚊」
「カメラです」
「カメラ」
「カメラを取りに一度家に帰らないと」
「そんなもの、いりませんよ。目に焼き付ければいいんです」
「そうですねえ」
「じゃ、行きましょう。こんな風も穏やかな小春日和、捨て置くのはもったいない」
「しかし」
「だから、残り物は捨てればいいんです」
「お金が」
「持ってない?」
「はい」
「じゃ、そこに機械があるから、そこで下ろしたら」
「残高が」
「え、だってバス代程度、川魚定食程度ですよ」
「それがないのです。だから、残り物のおかずも捨てるわけにはいかないのです」
「そうなの。じゃ、私がおごりますよ」
「いえいえ、そこまでしていただくと、気兼ねして楽しくありません」
「あ、そう」
 結局この誘いに乗らなかったのは、この相手とは行きたくなかったのだろう。
 
   了




2015年12月11日

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