小説 川崎サイト

 

妖怪大宴会


 その日も妖怪博士付きの編集者がやって来て、呪文書を見ていた。妖怪博士が古書店で買ってきたものだが、高いものではない。それでも和綴じで、いかにも古そうに見える。この装丁がいやらしいため、値がつかないのだろう。紙は和紙ではなく、当時よく使われていたざらっとした紙だ。そのため、裂けやすいのか、糸穴が三カ所切れている。これで、値段がさらに落ち、棚からも下ろされ、平台の底の方で眠っていた。
 その呪文書には目的別に印の結び方、つまり指の組み方が図示されている。しかし、その中にはどう考えても、そんな指の曲げ方ができないものもある。
 さらにメインの呪文は言葉で、その言葉を唱えれば、目的とするものが叶えられるとなっている。当然、そんな言葉など存在しない。擬音のようなものだ。これは誰がどう見てもインチキで、長く伝えられている秘伝ではなく、個人が適当に作ったものだろう。さらに漢字かカナか、記号か、図か分からないようなマジナイが記されており、これは紙に写して、お守りのように使うらしい。
 と、前置きが長くなったが、その話ではなく、年の瀬恒例の忘年会への誘いだ。
「今年は大宴会になりますよ」
「そうか」
「先生も是非」
 それは出版社の忘年会ではなく、妖怪などに関する集まりだった。その道での権威筋がずらりと参加するらしい。
「誰が来る」
 編集者は著名な人達を列挙した。
「その列挙では行けんなあ」
「先生も上座ですよ」
「もっと上の、うるさいのがおるだろ」
「あ、はい」
「そことの親交がない。私は傍流なのでな。それに普段から付き合いもない」
「いえ、妖怪博士のことは、皆さんご存じですよ」
「知っておるだけだろ」
「まあ、そうですねえ。知らないとモグリですから」
「行って、楽しめるようなシーンはあるか」
「それはもう、一堂に集まるのですから」
「ただの宴会だろ」
「そうです」
「結局、隅の方で、出した金の割には量の少ないものを食べて、帰るだけじゃ」
「酒宴ですから。それだけでも、楽しいと思いますよ」
「会費がいるのだろ」
「それは、まあ。人数が多いですし、主催者も先生方なので」
「まあ、考えておく」
「じゃ、今年も欠席ですか」
「君も行くのかね」
「当然です。顔を出さないとまずいですからね」
「そうだな。仕事だ。君は」
「あ、はい」
「私はもうそういう義理も義務もない。出なくても、誰も文句は言わんだろ」
「人前に出ないと、ますます妖怪博士って言われますよ。生体反応がないとか。いるのかいないのか分からないとか」
「じゃ、行くと伝えてくれ」
「行かれますか」
「ああ」
「よかった。これで、僕の顔が立ちます。妖怪博士を引っ張り出してこいと言われていますから」
 そして、大宴会が終わったのだが、妖怪博士が来ていたのか、来ていなかったのかを問う者は一人もいなかった。肝心のこの編集者も、忘れていたのだ。
 実際には妖怪博士は家で餅と牡蠣入りの味噌煮込みうどんの出前を取り、それを食べながら呪文書を見て大笑いし、そしてその夜は遅くまで起きていたようだ。
 
   了

 



2015年12月25日

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