小説 川崎サイト

 

小さなサンタ


 大晦日が迫っていた。あと二日で年を越す。そんなとき、サンタクロースの話をしている年寄りがいた。もう過ぎたクリスマス、頭は完全に切り替わり、もうクリスマスのことなど頭から消えている。それをわざわざ話題にするのは、よほど変わったことがあったのだろう。
 吉岡が見たサンタクロースは子供の背丈しかない。顔まではしっかりと見ていないが、白い髭を生やし、眉も白かったらしいので、その言を信じれば年寄りだろう。小さなサンタではなく、背の低いサンタだが、幼稚園児ほどの背丈なので、これは妖精のようなものかもしれない。子供ではなく、老人の。
 吉岡は江戸川乱歩の一寸法師を思い出した。子供だと思っていると、ひねた大人で、顔は蜘蛛のようだったという。蜘蛛のような顔ではなく、蜘蛛のような形の顔だ。つまり鼻から口に掛けて、深いしわがあり、笑うと、このしわが蜘蛛が足を開けているように見えるのだろう。それと目と眉も、斜めに走っており、鼻を中心に×マークのような顔に見える。
 吉岡はそこまで顔を見ていない。当然顔のしわまでは分からない。それが出た場所は庭先で、隣の家のブロック塀から一気に飛び降り、その後、姿を消した。これはガラス戸は上は透明だが、下は不透明なので、庭に下りてからは目に入らなかった。それで急いでコタツから出て、ガラス戸際から地面を見た。するとサンタは植え込みの中から、こちらを窺っている。まるで大きな猫でも入り込んだようなものだ。
 ガラス戸を開け、「こらっ」と叫ぶと、サンタはブロック塀をよじ登り、向こう側へ消えた。隣との境は向こうの家のブロック塀で、その向こうは、その家の裏側に当たるためか、色々なものが積まれている。猫がよく入り込む場所だ。
 その話題を吉岡は、そこまで橘に話した。
 橘は冗談話でも聞くように、にやにやしている。この吉岡も年食って、こういった馬鹿話ができるようになったのか、性格が変わったのか、朗らかな人間になったのだと受け取った。当然、年が年なので、あっちの方である可能性が高い。
「それで被害は」
「ありません」
「小さなサンタなんですねえ」
「そうです。これがまた素早いやつで、まるで猫です」
「背中に袋は担いでいませんでしたか」
「ああ、プレゼントの」
「通常、煙突から進入します」
「昔は煙突があったのですがね。竈の。しかし、あそこには人などは入れない」
「はいはい。じゃ、袋はなし」
「さあ、赤い帽子、赤い服や赤い長靴は覚えていますよ。でも背中はどうだったのかまでは」
「ブロック塀をよじ登るとき、両手でしたか」
「そうだと思います」
「じゃ、プレゼントの入った袋はリュックか袈裟懸けショルダーでないと無理ですねえ」
「はい」
「その後、サンタは現れましたか」
「いいえ」
「それは何より」
「はい」
 しかし、これは本物の子供が、サンタの衣装を着て、吉岡の庭に飛び込んだらしい。
 隣の家の子供で、人形に付属している服だったようだ。それをその子が着て、自分の家の裏の塀から吉岡の庭へ飛び降りただけのようだ。ちなみにサンタ人形は、ただの女の子の人形で、それに着せるサンタの衣装だった。どうしてそんな大きな人形があるのか、そちらの方が興味深い。
 髭があったり眉が白かったというのは吉岡の錯覚だろう。
 そして吉岡は、無事年を越した。しかし、今でもガラス戸から庭を見たとき、サンタが出てきそうな気がするとか。
 
   了




 


2015年12月28日

小説 川崎サイト