小説 川崎サイト

 

隠された古墳


 榊長屋と呼ばれている場所がある。長屋は今風な家屋になっているが、それが三方にあり、その中庭のようなところに、こんもりとした膨らみがある。土が盛りあがっている。そこは榊さんの土地で、この三棟の長屋も榊さんが大家だ。
 しかし、世代が変わり、長屋がワンルームマンションや、一戸建ての借家になった。長い長屋を分割しただけのことだが、もう昔から住んでいる人はほとんどいない。
 長屋で産まれた子供も独立し、他所の土地で世帯を持つ。狭い長屋では二世帯は住めないので当然だろう。残った両親も高齢化し、やがて空き屋になるが、この場合、空き室といってもいい。その時期と重なるように、追い出すわけではないが、建て替えられる。マンション風や一戸建てに。
 それで、店子達も入れ替わってしまった。
 その借家に引っ越して来た子供が、例の中庭を見て、古墳だと言いだした。まだ小学生だが、学校で習ったのだろう。
 中庭は駐車場にするにしても、狭く、また車が出入りできる通路がない。榊さんの本邸や借家やマンションが中庭を隠しているようなもので、表通りからは見えない。また、入れないわけではないが、路地よりも狭い余地で、昔は便所の酌み取り口として使われていた。当然ここは敷地内なので、入り込むような人はいない。
 ただ、榊さんの一家は、中庭へ行くのに、ここを通ることもある。借家などからは、この中庭には入れないが、低い塀程度なので、いくらでも飛び越えられる。その子供が飛び越えて、盛り土の上に登り、古墳だと言い張った。高さは一メートルもないだろう。皿程度の盛り上がりで、勾配は緩い。気が付かないほどだ。それが瓢箪型をしている。だから前方後円墳だと信じたようだ。
 中庭の真ん中に、その瓢箪島があり、そこは雑草が茂っている。榊さんの庭とは、この中庭と仕切られており、竹垣が施されている。こちらは大きな屋敷の庭らしく、手入れされている。
 子供が古墳だと言い張るので、その店子が大家に聞いてみた。
 榊さんのお爺さんが、それに答えた。
 防空壕跡らしい。終戦後、穴だけが残り、そこがゴミ捨て場になったようで、掘ったときの土を戻したが、盛り上がりができたらしい。
 この町内の近くに一発だけ誤爆で焼夷弾が落ちたが、結局誰もこの防空壕に避難した人はいない。店子達のために、大家の榊さんがせっかく掘ったのに。
 その規模は小さく狭く、そこに押しくら饅頭のように入って、本当に空襲を受ければ、逆に怖いような気がしたのだろう。それこそ墓になってしまう。古墳ではなく新墳に。
 
   了

 

 


2016年1月13日

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