小説 川崎サイト

 

陽動作戦


 本音と建て前とは違う。それとは別に陽動作戦がある。これは表向きの行動で、本音ではないものの、本当のことは裏面で静かに進んでいる。
「山田さんのことですか」
 その陽動作戦を得意とする山田の話だ。しかし、それがばれているため、もう陽動作戦とは言えないのだが。
「確かに山田さんは本当のことは隠していますね」
「そうでしょ」
 そういった陽動作戦に何度も引っかかったため、覚えられてしまったのだ。
「今回はどうですか」
「今回も裏で動いていますよ。それは一切公言しませんし、またそぶりも見せません。だが、あることが分かっています」
「何があるのです」
「え、だから、別の動きをやっているのですよ。それがおそらく本命で、山田さんの主力軍です」
「じゃ、我々の前で言っていることは、嘘ですか」
「そうでもないのです。裏の動きが上手く行かなくなったとき、何事もなかったことになります」
「どうしてなんですかねえ、それなら最初から裏の動き、本命の動きを前面に出せばいいのに」
「それが山田さんの戦法なのです。もう癖になっていますよ。だから、皆さん見抜いている。しかし、裏の動きが何かまでは見抜けません。本当に狙っているものが何かまでは分かりません」
「それで、いつも裏をかかれるんですよ」
「その裏が何かが分かれば対処できますが、まあ、山田さんも我々の仲間、敵に回ることは先ずないのですが、いつ裏切るか分かりません」
「そう見せかけているんじゃないのですか。警戒されるように」
「ほう」
「だから山田さんに関しては一目置くでしょ」
「はい、途中ですっと消えたり、抜けたりしますからねえ、あれは裏の動きが慌ただしくなったとか、裏の動きが活発になったときでしょ。そしてすっと戻って来る。これは裏の動きに失敗したときです」
「今回はどうですか」
「相変わらずすっとぼけて我々と同調していますがね、この動きが活発なほど、裏での動きが上手く行っているときでして、用心が必要です」
「今回は」
「普通ですなあ。従って、裏の動きもそれほど大きくないのでしょう」
「そんなことばかりしていると、裏表のある人のように思われて、損だと思いますが」
「いや、我々と一緒にいることが、得だとはそれほど考えていないのでしょう」
「じゃ、どうして我々と一緒に行動しているのですか」
「だから、それが陽動作戦なのです。表向きのポジションを人に見せるためです」
「じゃ、山田さんの本当の狙いは何でしょう」
「仲間がいやなんでしょう」
「え」
「本来あの人は一匹狼で、単独行動、個人プレーの人です。仲間と協調し、協力し、共にやっていくようなタイプじゃないのです」
「でもいつもにこやかで、好意的ですよ。それにいざというときには山田さんの動きは欠かせません。仲間の中の仲間であり主力軍です」
「それは山田さんの陽動作戦にうまく乗せられているのです」
「じゃ、裏って何でしょう。一体影でこそこそ何をやっているのですか」
「それは一切見えませんが、推測はできます。しかし、それでは仲間を疑うことになりかねません」
「でも、ふた腹あることは、もうばれていますよ」
「他の人も気付いているでしょう。三回ほど、そういうことがありましたからね。しかしまた戻って来られる。裏面作戦が伸びなかったためでしょうねえ」
「一体、影で何をしているのですか、山田さんは」
「敵と密通しているというわけではないし、仲間を売るようなことはなかったですから、山田さんの本命、主力軍は何処で戦っているのか、皆目見当が付きません」
「そうですねえ」
「一つだけ思い当たることがあります」
「何ですか」
「一つというのは他にもあるということですが、我々とは捉え方、認識の仕方が、全く違うのではないでしょうか」
「かえって分かりにくいですが」
「我々がいる土俵とは別の土俵にいるような気がします」
「それも分かりにくいです」
「狙っているものが最初から違うというより、世界が違うのです」
「世界ですか。余計に分かりにくいです」
「私が薄々感じているのは、山田さんは集団ゲームを楽しんでいるのではないかと」
「え」
「いえ、それは思い過ごしです」
「はい」
 
   了

 



2016年1月17日

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