小説 川崎サイト



緩い人間

川崎ゆきお



「緩んだ人とキツイ人とで出来ているのかもしれんなあ」
 守口が呟く。明快な発言だが、声が緩い。
「そうですねえ」
 日山は自分に問いかけられたのかと思い、反応する。
 小さな小部屋だが、工場は広い。しかし人は二人しかいない。二人は万が一のとき用に詰めているが、何かが起こったとき、解決出来るような技師ではない。
 いろいろな機械音が聞こえる。ミックスされた音だが、それなりにリズムがある。
 この二人は音の異変で機械の調子を知る能力はない。ただ、正社員が詰めていないと規則違反になるので、常駐している。
「キツイ人間がいるから、緩い人間を生むのかなあ。私らはキツイ人間になれなかったから、ここにいるのかもしれん」
「キツイって何でしょうね?」
「キツイ仕事が出来る人間だよ」
「ハードな仕事ってことですねえ」
「文字通りハードなことはハードがやってる。人間じゃ出来ないよ。あのロボットの作業は」
「脳をハードに使う人がハードな人間でしょうか」
「そうだね。ここじゃ、頭は緩くていい。居るだけでいいんだから頭の使い所もない」
「まあ、楽でいいですが、退屈ですねえ」
「楽と思えるのは、緩い証拠かな」
「そうですねえ」
「私らは結局緩い人間として評価されたわけだ。評価って、褒められるとは限らないからね。ふるいにかけられた」
「でも、まだ社員として使ってもらえてるんですから会社も太っ腹ですねえ」
「給料は半分になってるがね」
「でも、まだどうして首にならないんでしょうね」
「ここの勤務を言い渡されたとき、首と同じ意味があったんだよ。給料は半分。町からも遠い。普通は飲まないさ」
「でも、頑張らなくてもよくなったんで、僕はこれでいいんです。町からここまで自転車で通ってます。これ、健康にいいですよ」
「私は徒歩だ」
「車はどうしました?」
「維持費が大変だからね」
 緩い人間にはどこまでも後ろへ引いていける柔軟性があるようだ。
 たまに妙な機械音がする。二人はそういうものだと思いながら聞き流した。
 
   了
 
 



          2007年3月1日
 

 

 

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