小説 川崎サイト

 

御堂口


 御堂口は谷川からの山の登り口にあるのだが、その先に御堂のようなもの、つまりお寺やお堂のようなものはない。これは最初からなかったようだ。入り口、登り口に当たるところだと思い、そこから登って行く人もいるが、登り切っても平凡な山で、頂上には何もない。里に近いところに突き出た瘤のような山だ。また山はそこで終わっているため、下りないといけない。つまり、峰歩きもできない孤立した山なのだ。
 御堂口に小さな滝があり、滝壺の横に石造りの祠がある。水掛不動なら滴が掛かりっぱなしだが、祠に祭られているのはただの石で、漬け物石に前掛けをしている程度。それほど古くはないが、何代目かの石かもしれない。
 御堂口の祠は苔で緑色になるほど古い。しかし里に近いところにある滝などには、こういう祠は付きものだ。
 御堂口と祠とは何の関係もなさそうだが、御堂口という地名も結構古い。ただ地図には載っていない。ハイキング地図には載っている。御堂口はハイキングコースの分岐点で、川沿いに進むコースと、すぐそばにある登り口から瘤のような山へ行くコース。そして、川から離れて、大きな山を越えるコース。
 一番人気がないのは瘤山と呼ばれるこの山だ。普通の地図にも載っている。ここに中継のアンテナを立てようとする案があり、実際測量までしたのだが、予定地に目印の杭を打ち込んだ作業員が高熱を出している。測量技師三人も同じだ。
 さらに前例がある。ここに展望台を建てようとしていた。これは予算が余っていたからではなく、土建屋と市長とがグルになっていたためだ。
 さらに古い時代を知る長老の言によると、しっかりとした言い伝えは何もないのだが、あの瘤山は触らない方がいいらしい。何故なのかは長老も知らないが、登るのはよくないとか。
 御堂口の由来に関しては瘤山の山頂にお堂を作る計画があったためで、これは鎌倉時代。
 御堂口の名が生まれたのは、このときからだが、これも展望台や中継塔と同じで、作業員が高熱を出したり、病んだりしたため、実現できなかった。
 さらにその前の言い伝えを知る人はもう町にはいないが、遠く離れた町で、この瘤山についての伝承がある。鎌倉時代の高僧が瘤山に羅刹を置けと言ったらしい。羅刹とは鬼だ。この高僧は別の村でも似たようなことを言っている。そして実際にお寺まで建てている。この高僧、今で言えば何かのボス筋の人だったらしい。
 だから瘤山に羅刹を祭るお堂が建つはずだったのだ。何故そんな鬼を祭るのかは分からないが、鬼は山から来る。それを里へ入れないように、取っつきにある瘤山の羅刹で、睨みをきかせて、入れないようにするためとか。一般の鬼より、羅刹の方が格が高い。
 だが瘤山の怪は分からない。羅刹がどうの奥山から鬼が下りて来るとかとはではなく。なぜ山を弄ると怪が起こるのだろう。
 御堂口に祠ができたのは、そのためかもしれない。そして、瘤山のヌシを鎮める方法が分からないため、丸い石をただ単に置いているだけかもしれない。
 
   了
 

 

 


2016年2月6日

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