小説 川崎サイト

 

妖怪バッタの足


「夜中、外を見るとバッタのようなものがじっとしているのです。大きさは大きくて、大型犬ほどはあるでしょうか。じっとしていると思っていると、消えます。これは、飛んだのです。あの長い足で。身体が大きいのでピョンと飛ぶ距離も長いので、消えたように見えたのでしょうねえ、窓から斜めに見ると、そこにいました」
 妖怪博士はじっと聞いている。目を閉じて。寝ているのではなく、しっかりとは起きているが、突っ込みどころがはっきりしているので、それ以上聞く必要はないのかもしれない。
「妖怪バッタは私の存在に気付いたのか、振り返りましたが、首が回らないようなので、じわじわと回転し、こちらを見ています。それは人の顔に似ています。仮面ライダーのような目ではなく、人の目です。目鼻立ちは人の顔なのです。それ以外はバッタです。色は夜なのではっきり分かりませんが、黄色がかった緑色です」
 妖怪博士は、それぐらいでいいだろうと、止めに入ろうと、口を少し開けたとき、また続きが始まった。
「妖怪バッタは首は曲がらないようなのですが、犬や猫のように、一寸首をかしげて、私を見ています。これはきっと興味を示したときの仕草なのでしょうねえ。私は指でVサインのようなものを送りました。すると、バッタはまた首をかしげました。そして、パッと消えたのです。また飛んだのかと思い、探しましたが、見付かりません。窓からでは見えないところに飛んだのでしょう。私は窓を開け、首をつきだして探しました。しかし、いません。これは本当に消えたのだと思いました。このバッタ、どうして庭に来たのかなんて、分かりません。塀を跳び越えて入って来たのか、あるいは突然姿を現したのでしょうか。だから去るときも一瞬のうちに消えたのだと思います。翌朝、庭を調べますと、曲がった木の枝のようなものが落ちていました。バッタの足です。これは証拠になると、すぐにビニール袋に入れましたが、一番大きな四十五リットルのポリ袋には入らないので、二枚使いました。そしてしっかりと包んで箪笥に仕舞い込みました」
「これがそうなのですかな」
「はい」
 妖怪博士は千切れたバッタの足と言うより、得体の知れない植物の枝のように思えた。実際、そうだった。
「これは枯れ枝でしょ」
「そうなんですか。バッタの足じゃないのですか」
「落ちていた場所の上を見ましたか」
「いいえ」
「木があったでしょ」
「あ、はいあります。十年前に父が植えたものです。そのまま放置していたので、伸び放題で」
「しかし、妖怪バッタが庭に入り込んで、飛んでいたのです。そして私を見ていました」
「はい」
「はい、って、それだけですか」
「はい」
「何か解説をお願いします。お金は払います。これは枯れ枝ではありません。包むとき、確かにバッタの足でした。いつの間にか木の枝になっていたのです」
「はい、それも含めて、そう言うことがあったのですね」
「そうです。そうです」
「はい、そういうこともあります」
「あるんですか」
「あなた、見られたのでしょ」
「はい、見ました。人面バッタです。だから、そんな大きなバッタもいないし、頭が人面のバッタもいません。だから妖怪です」
「いい妖怪を見られましたねえ」
「これは、もっと大騒ぎになる事件なのじゃないのですか」
「枝が落ちて、地面に落下し、飛び跳ねたのでしょう。二三回」
「そうなんですか」
「あとは、あなたが付け足したのです」
「顔もですか」
「バッタも顔も。そうです」
「じゃ、一体何でしょう」
「まあ、そういう妖怪がいたんでしょうねえ。しかし、まだ春先、バッタの季節は、もう少し先でしょ」
「じゃ、やはり妖怪ですね」
「はいはい、きっとそうでしょう」
 客は少しだけ満足を得たらしいが、まだ、不満なようだが、妖怪博士は、もう顔を背け、口も閉じてしまった。
 客は仕方なく、礼金を払って、帰った。
 要するに、聞き賃だ。
 一般に妖怪など殆ど出ないのだが、個人の中では頻繁に出ているようだ。
 
   了

  



2016年3月8日

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