小説 川崎サイト

 

啓蟄


 虫も啓蟄だが、人も蠢き出す春の初め、蛭田も蠢き始めた。これは世の中にとっては悪いことで、大人しく冬眠しておればいいのだが、そうは行かない。世の中の事情と、疋田の事情が違うためだ。これは社会人か、非社会人かの違いだ。また反社会人もいるが、疋田は特に反発はしていない。ただの非社会人だ。
 虫にも社会があるように、人が二人集まれば社会ができる。しかし、疋田の元には一人も集まらない。だから単独行動なので、小さな社会を形成していないのだが、それでも人が一人もいない場所に住んでいるわけではないので、何処かで人と接する。見た、見られたの関係でも同じだ。コミュニケーションはなくても社会は成立する。
「ああ、疋田さんが出てきたか。これは春だねえ」
「暖かくなってきたので、寝てられないのでしょ」
「また、何か騒ぎを起こさなければいいが」
「いや、疋田さんも学習能力がありますから、最近大人しいですよ」
「そうだといいのだが、疋田さんが蠢き出すと、畑を耕すことになる」
「ほう、畑とは」
「私達の社会さ。それが耕される」
「地中ですね」
「モグラやミミズもそうだ。地中を掘り返しておる」
「それはいいことですか」
「ああ、畑が活性化する」
「じゃ、疋田さんは良い人なんだ」
「耕しすぎるからいけないんだけどね」
「じゃ、地中だけで済ませておけばいいんだ」
「そうなんだ。地上に出て来るからだめなんだ」
「要するに疋田さんはアンダーグランドな人なんだ」
「ああ、そのままだ。地下の人。地下人だ」
「地底人とは違うのですね」
「まあ、疋田さんは同じ祖先を持つ人類だからね。地底人は別の系譜だろ。まあ、地球空洞説時代の人種だね」
「あ、疋田さんが来ましたよ」
「あ、元気そうだ。寝起きが良さそうだ」
「どうしましょう」
「一暴れするだろうが、まあ、放置しておきましょう」
「いいんですか」
「それで耕される」
「耕耘機みたいです」
「毎年、この季節は疋田さんにやって貰うのがいいのです。多少面倒ですが、放置しましょう」
「はい、分かりました」
 
   了

  


2016年3月10日

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