小説 川崎サイト

 

猟奇王が走る日


 小学校の教室。未だに木造だ。生徒達は全員頭にバケツを乗せて座っている。よくこれだけのバケツがあるものだ。校内の全てのバケツを集めてきたのだろうか。バケツの中には水が入っている。
「全員の責任である。クラス全てが責任を負い、反省しなさい」
 袴を履いた和服の教師が竹刀を教壇に叩き付ける。この教師、落語先生と呼ばれている。服装が似ているためだ。
 生徒達が叱られている理由は説明しづらい。そこに普遍的なものを見出しにくいためだ。世の中の現象というのはどれもローカルで、固有で、よくあることも含まれているのだが、今回叱られている理由は、異端過ぎる。
 その異端の発端は生徒の発言から。授業中の私語を注意した落語先生に対し、生徒が口答えした。
 教師に口答えをする。これだけでは罪ではない。生徒はある事柄を言い訳に使った。しかし、その二人の子供は決して誤魔化そうとしたわけではない。
 では何と言ったか、これは言いにくい。
「明日学校休みやで」と言うものだ。これにどれだけの意味があるのか。
 落語先生はその意味を問いただした。
「猟奇王が走るんや」
 その発言に対し、先生はしっかりと聞き取れなかった。毛玉で倍ほどにふくれたセーターを着たその生徒、鼻が悪いのか、いつも青ばなを垂らしており、鼻声で、元々聞き取りにくい。
「猟奇王が今夜デカメ石を狙って青柳屋敷を襲うんだ」
 先生は虚を睨んだ。
「猟奇王が出たら、みんな追いかけるねん。大勢の人が火事のときみたいに。それで、ものすごい人津波になって、町が運動会になるねん。それで町内は壊滅して、学校や会社どころやあらへん。休みになるのは当たり前」
 というような返答をしたため、当然バケツになる。こういう発言をする子供は一人で、そんな発想になったわけではなく、その相棒の久松という丁稚のような服装で五円玉ハゲで頭も悪い友達の影響もあるが、学級全体の連帯責任で全員罰していたのだ。一人の罪は全員の罪。
 理不尽なのは、何の関係もない他の生徒で、これが終われば、主犯の二人はクラス全員から疎まれるだろう。あの二人のせいで、こうなったのだと。
 その当時、怪人猟奇王が出ると町がパニックになる噂が拡がっていた。その根拠はないし、またそれがニュース化されることもなかった。スポーツ新聞も取り上げなかった。
 そして予告の当日、猟奇王は現れず、町もパニックにはならなかった。
 徹夜に近い状態で、猟奇王走るの報を待っていた二人の少年は、当然翌朝遅刻し、今度は運動場十周を言い渡された。しかし、それは二人にとり、猟奇王を追う足の訓練として、丁度よかったようだ。
 
   了

 



2016年4月27日

小説 川崎サイト