小説 川崎サイト

 

青柳屋敷のデカメ石


「一体どうするつもりでっか大将」
「何が一体じゃ」
「一体全体どうするつもりか、聞いてまんねん」
「そうよのう」
 猟奇王は青柳屋敷に予告状を出していた。家宝のデカメ石を頂くと。しかし、行かなかった。
「予告状出して行かへんかったら信用に関わりまっせ」
 青柳屋敷は実在していたが、家宝などなく、デカメ石などあるはずがない。デタラメ石だ。
「まあよいではないか、たまには活動した振りをせんと、世間から忘れられる」
「もう忘れられたあとでっせ」
「そうか」
 猟奇王は実際には青柳屋敷へ向かっていた。似たようなことが前回もあったが、そのときは寝過ごした。既に予告時間を過ぎていた。今回は間に合うように出掛けた。そして手下の忍者との待ち合わせ場所に向かっていたのだ。
 ところが寄り道をしてしまう。古い商店街がポッカリと洞窟のように口を開けていた。こういうのを見ると堪らなくなり、入りたくなる。しかし、そこはアーケードのある穴蔵ではなく、ただの通り。何十年も客足が遠のいているため、雨戸やシャッターやカーテンは閉まったまま。そして長く経つのか乾燥していた。こういう店は営業していないと水分が抜ける。乾燥し、そして枯れていく。ベニヤ板の端っこがばらけていくように。
 怪人猟奇王は怪盗でもある。そして古典通り古美術品や貴重品を狙う。デカメ石もその一つだが、そんな宝石など存在しない。古美術趣味は古いもの好むことでもある。骨董品でなくてもかまわない。古びた町でも商店街でもいい。だから、そんなものを見てしまうと、デカメ石などどうでもよくなる。それ以前に存在しないものを強奪しに行けない。これが寄り道への引導となった。
 古びた商店通りに古本屋がまるで絵に描いたようにある。この店だけは開いており、猟奇王はそこで武者小路実篤のお目出たき人を立ち読みをしていたのだ。それで、気が付いたときは予告時間を過ぎていた。目出度い話だ。
 デカメ石などないのだから、行っても仕方ないが、それを守る警官隊などに、少しだけ顔を見せ、さっと逃げればいい。それがこの時代にできる手の届く範囲内にある行為だった。要するに猟奇王はまだいるぞ、と伝わればいい。
 待ち合わせ場所に猟奇王が来ないので、忍者は下忍を偵察に出した。猟奇王を呼んで来いというのではなく、青柳屋敷の警戒状態を知るため。
 その報告では青柳屋敷を警備している警官隊はおらず、無防備。これは罠だと、下忍は報告したが、実際には予告状など無視していたのかもしれない。
 ただ、二人の子供が屋敷の周りを竹竿を持ってウロウロしていたようだ。
 これは久松と五郎という小学生で、胸には瓶の蓋の缶バッヂ。一人はキッコーマン、一人は白雪のマークが入っていた。これはどうやら探偵バッヂらしい。
 猟奇王の予告状で、猫の子一匹動かなかったわけではなく、頭の悪そうな子供二人が動いたことになる。
 しかし青柳家は予告状を無視したとはいえ、どうして久松と五郎は猟奇王がデカメ石を狙ったいることを知ったのだろう。これが最大のミステリーだ。
 この二人の背景にいる人物。それは老探偵沢村宗十郎。時代劇に出てきそうな悪人顔で、名探偵になる条件など最初から持ち合わせていない人物だった。
 この時代、怪人も探偵もレベルが下がっていたようだ。

   

 





2016年5月1日

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