小説 川崎サイト

 

止め男


「殆ど常駐ですか」
「いえいえ、そればかりに構っちゃいられませんよ。たまに見る程度」
「何処から」
「それは色々ですよ。庭から見たり、田圃から見たり、散歩中に見たりです」
「ほぼ百パーセントなのですが」
「そうですか」
「必ずあなたが止めに入ります」
「だって入らずの森ですからね」
「山でしょ」
「あんな低いのは山じゃない。それに山じゃなく谷間です。あそこは入っちゃいけないんだ」
「そこに立ち寄ろうとしているのを止めるのがあなたの仕事ですか」
「ボランティアです」
「じゃ、あの入らずの森は観光ですか」
「違いますよ」
「観光の城など、大手門に番兵の扮装した人が立っていたりしますよ」
「そうじゃなく、本当に入ってはならない場所なので、止めるのですよ。これは村人なら誰でも止めるでしょ。偶然私が多く止めることになるのは、入り口近くで仕事をしているからです」
「今日もだめですか」
「だめです。入っちゃだめです」
「もしここを突破すればどうなります」
「立ち入るのは自由ですよ」
「じゃ、入ってもいいんですね」
「それを止めるのが私の役目」
「今度で五回目です」
「じゃ、五回とも私が止めたことになる」
「見張っているんでしょ」
「だから、それに専念できませんから、たまたま見かけたとき、声を掛ける程度です」
「いや、道の脇からずっと見ているんじゃないのですか」
「そんなことはありません」
「分かりました。じゃ、あなたがいないときに入ります」
「それはやめた方がいい」
「入らずの森の理由を聞きたいのですが」
「入ってはいけない森です」
「里の人もですか」
「そうです。だから原生林ですよ」
「谷間の狭い範囲でしょ」
「そうです。そんなところに行く用事はない。雨が降らなければ谷間の川も涸れたままですからね」
「水源地があるのですね」
「さあ、誰も入ったことがないので、分かりませんよ」
「航空写真があります。地図も」
「ほう」
「それによりますと、小さな渓谷があり、すぐに行き止まりになります。木の種類はブナが多いです。人工物は上からは見えません」
「ほう」
「入ってはいけなくても、見ることはできるんです」
「見るだけなら、山の上からも、あの森は見えます。だからいいんです。立ち入らなければ、足を踏み入れなければ」
「もし、ここを強引に突破したらどうなります」
「え」
「あなたの止めるのも聞かずに」
「口で言っているだけで、身体を張ってまでは止めませんよ」
「そうなんですか」
「はい」
「じゃ、入ります」
「入らずの森は不帰の森ですぞ」
「すぐに戻って来るので、そして何があったのかを報告しますよ」
「そう言って戻って来なかった人がもう何十人もいる」
 止め男は声で止めたが、冒険家は森に入って行った。
 止め男は用事に戻り、小枝を束ねていると、冒険家が戻って来た。ほんの数分だ。それなら入らずの森の降り口手前で引き返したのだろう。
「一寸気になりましたので、戻って来ました」
「はいはい」
「最後にあなた、言いましたねえ」
「え、何を」
「もう何十人も戻って来ないと」
「はい」
「それで怖くなりました」
「ああ、それはいいことだ。よく思い直された」
「ここに並んでいる石饅頭がそうなんでしょ」
「おお」
 この冒険家、冒険家としては小心なようだ。しかし臆病な冒険家ほど冒険家としての素質がある。
 ちなみに石饅頭と不帰の人との関係はない。この止め男が石を丸く削り、並べているだけ。これが効いたのだろう。
 
   了

 


2016年5月5日

小説 川崎サイト