小説 川崎サイト

 

夏に出る


「夏に出るものは何だろう」
「幽霊でしょ」
「私は汗疹だ」
「出物腫れ物ところ構わずですか」
「汗疹は出る場所は決まっている。出るのは暑くなってから、従って、これが出ると夏だ」
「もう出ましたか」
「出た」
「しかし、まだ桜が散って、間もないですよ」
「いや、汗疹が出れば、もう夏。で、君の場合は幽霊だったねえ。夏にしか出ないのかね」
「怪談は夏でしょ」
「ほう」
「暑いから、ぞっとして涼むため、出すのです」
「誰が」
「興行主が」
「ああ、お盆の怪談特集とか、納涼幽霊大会とかあるねえ」
「それですっかり幽霊は夏のものになりました。季語ですよ」
「しかし年を通して出る幽霊や、怪談もあるだろ」
「だから、出してもらわないと、出ません」
「幽霊は出し物か」
「そうです。見世物のようなものです」
「じゃ、そのタイプの幽霊や怪談は怖くないなあ」
「そうです。だから安心して見てられます」
「それじゃ、怖くないじゃないか」
「そうですねえ」
「背筋がぞっとしないと、涼にもならない」
「でも本物が出ると怖いですよ。涼めるどころの騒ぎじゃないです」
「本物ねえ」
「幽霊に限らず、怪談一般。怖い話です」
「一過性なら良いがね、ずっと続く怖いことは嫌だねえ」
「何か怪談、ありませんか」
「だから、汗疹の」
「はいはい」
「その汗疹がねえ、ブツブツが集まって人面になる」
「はいはい」
「掻くと、さらに腫れる。赤くなる。すると人面の表情が変わる。笑っているのか怒っているのか、どちらか分からない表情だがね。さらにひどくなると、大きな顔になったり、顔が増えたりする。そして、じっと見ていると、動き出す」
「顔がですか」
「移動はしない。目がちかちかしたり、眉が上下したり、唇が動いたりね」
「自前の怪談をお持ちで」
「まあ、最初は怖かったがね。最近は慣れた。この暑さで、昨日そいつが出た」
「汗疹ですね」
「そうだ。まだ小さい。掻くと拡がる」
「じゃ、まだ動かない」
「これからますます暑くなると、この汗疹も大きくなる」
「育てているのですか」
「違う」
「それはどう退治するのですか」
「化け物退治。その通り。しかし何もしなくてもいい。涼しくなると、消えていく。掻かなければね」
「はい」
「しかし、大きくなると痒くなる。それに動き出して、憎たらしい顔をしておる。こやつめ、と、つい油断して掻いてしまう。これは誘いに乗った私が悪い。挑発に乗ってしまったんだ。するとますます大きくなり、敵の思うつぼ」
「毎年それをやっているのですか」
「慣れてきたからね。掻かないようにはしている。掻きすぎると、今度は痛くなる。まあ、その状態になれば掻かないがね、痒くないんだから。そして痛くなると負けだ」
「はい」
「今年も出た」
「はい」
「もう夏だ」
 
   了


2016年5月8日

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