小説 川崎サイト

 

あの頃


「最近はあの頃を真似てますよ」
「真似ですか」
「そうです。自分自身をコピーしている」
「あの頃とは?」
「あの頃は色々ありましてね。あの頃、その頃と」
「それは何でしょう」
「色々な頃を通過して、今の私があるのですが」
「立派な地位です」
「いやいや」
「さらに新境地を」
「それなんですがね。もう真似る人がいなくなりましてね。ここ最近」
「え」
「だから、私はずっと誰かを真似てきたのですよ。つまり猿真似。しかし、そういう真似てもいいと思うような魅力のあることがなくなった。最近それで、行き詰まりましてねえ」
「そんな」
「それで、真似る人がいないので、自分を真似ることにした」
「それが、あの頃ですか」
「そうです。誰かを懸命に真似ていた頃の自分をさらに後ろから真似ようとね」
「過去の自分を真似るわけでしょ」
「過去の自分は、誰かを真似ていた自分です」
「はあ。じゃ、前に二人いるわけですか」
「そうです。しかし、一番奥の人は他人です。それを真似ていた過去の自分がターゲットです」
「はいはい」
「その、あの頃は多いのです。色々な人を真似ていました。時期にもよりますがね。その中で、特に印象が強かった頃がありましてねえ。あの頃、どうしてそんなものに興味を持ったのかは今でも分からない。いや、自分のことなので、知ってますが、その感情が消えている。だから、なぜそれがよかったのか、もう感覚的には分からない」
「難しい話です」
「いや、単純な話ですよ。良かった時代の自分に向かうのです」
「はい」
「しかし、何が良かったのか、よく分からない。その頃真似ていた人にはとうてい及ばず、すぐにやめましたので、真似切れないで終わったのですが、あの頃が懐かしい。もの凄く伸び代があるように感じましたねえ。その頃の自分を今真似ようとしています」
「それは何ですか」
「戻れないところへ戻る。もう二度と帰れないところに帰ろうとする。これです。これ」
「はあ」
「これで、もう誰かの真似じゃなくなる。私はずっとそれを気にしていましてねえ。今度は誰の真似でもなく、自分の真似なので、人真似の達人とは言われなくなる」
「複雑な構造ですねえ」
「真似る相手は過去の私だが、それが曖昧でねえ。実体がない。だから、私自身でもない」
「はい」
「だから、別の自分を追いかけているようなものだ」
「やはり、難しいお話しですよ」
「あの頃抱いていた誇大妄想のようなもの、あれにもう一度触れたい」
「要するに、昔やり損ねたことを、今、再チャレンジしようと」
「その方が分かりやすいのなら、そう解釈してもよろしいが、実は違うんだ。あの頃の雰囲気が好きなだけでね。何で、あの頃、そんなに熱中できたのか、今思うと羨ましい限りだよ」
「それは上手く行きますか」
「だめなら、また違うあの頃をやる」
「あの頃が多いのですね」
「あの頃の梯子だ」
「はい」
 
   了



2016年5月12日

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