小説 川崎サイト

 

達成感


「達成感とは何でしょう」
「勝負が見えたときでしょう」
「勝負以外では?」
「山を越える、峠を越えられそうだと分かったときです」
「しかし、まだ達成していない」
「時間の問題でしょ。特に邪魔になるもの、遮るようなものがないとき、町内の道を歩く程度で、辿り着けます」
「しかし、まだ達成していないのでしょ」
「そうです」
「達成したときに、達成感に浸るのではないのでしょうか」
「浸る状態は、既に終わった状態です。もうそれはおしまい。もう次のことを思うでしょう」
「しかし、達成していないのに、達成感に浸るのは」
「だから、あとはもう簡単だと思えた時点で終わりですよ」
「町内を歩く程度のことですか、あとは」
「そうそう」
「でも町内でも、何が起こるか分からない」
「それを言い出すと、全てのことがそうです。このあと、私が何かを喋ろうとして、あっと逝ってしまうかもしれません。また身体は丈夫でも吹き矢が飛んできて、それが刺さり、毒が回って、おだぶつに」
「吹き矢など、飛んでこないと思います」
「じゃ、車が突っ込んでくるかも」
「はい」
「また、達成してしまうより、行けそうだと分かったときの方が盛りあがります」
「勝負が付いたときが、達成したときですか」
「勝負が付くと分かったときです」
「はい」
「幸せもそうです」
「はあ」
「幸せになれたときの幸せより、幸せになれるかもしれないと思ったときが、一番幸せですよ」
「はあ」
「大金もそうです。銀行に振り込まれたときよりも、大金が入ると分かったときの方がいいのです」
「でも、まだ入っていないのでしょ」
「ほぼ間違いなく入ると分かったときです」
「しかし、実際には入らないことも」
「まあ、それは余程のことでも起こらないと、起こりませんから、そこまで心配することは」
「そうですねえ。桁数を一つ、少ない目に間違って振り込まれたり、振り込み忘れがあったり」
「だから、それはまあ、考えなくてもいいのです」
「しかし、私は達成してみるまでは安心できません」
「だから、達成する見込みが付いたのなら、もうそこに大して力を入れる必要はないのです」
「意味は分かりますが」
「はいはい、それはお好きにどうぞ」
「私は勝つことが分かっていなければ、勝負しません」
「負けるかもしれないと思うから、達成感も出る。そういうことです」
「逆です。私は勝てることしかしません。達成感が欲しいからです」
「はい、お好きにどうぞ」
「こういう話、お嫌いですか」
「お好きです」
 
   了



2016年5月28日

小説 川崎サイト