小説 川崎サイト

 

廃町会談


「分かっていたんだ。貴様がこの町に入ってきたのは」
「そうか」
「しかしアルミ自転車に乗っていたのではなあ」
 アルミ車ではなく、アルミ缶を満載した自転車に乗っていたため、怪傑紅ガラスは猟奇王の後ろ姿を見ても、声を掛けられなかった。また、その姿では正義の使者怪傑紅ガラスには見えなかったろう。それでアルミ館、これはアルミ缶を積んで作った館だが、鉄骨が入っていないので、寝返りをうつと家が崩れることもある。そこで紅ガラスは着替え、出直し、カフェへ誘った。しかしここは廃町、そんな洒落たものは最初からない。喫茶店でもなく、木乃伊のような婆さんがやっている駄菓子屋の隅のテーブルだ。
「生きていたのか紅ガラス」
「ああ、生き恥をさらしておるので、公の場には出たくない」
「公の場?」
「人前だ。昔の私の正しい姿を知っている人にだ」
「そんな人は最初からいないと思うが」
「猟奇王」
「何だ鴉」
「貴様は廃帝だ」
「廃帝?」
「猟奇王の王座はもうない」
「ほう、どうして」
「活動していないからだ」
「そうか」
 廃町には廃帝が似合う。
「それで最近どうだ」
「私はまあ、正業に就き、地味に暮らしている。あまり刺激を与えないでくれ」
「偶然、この町に来たのみ」
「それならいいが、もう私を巻き込まないで欲しい」
「何を言う、お前が進んで挑んでくるのではないか」
「それは正義の脊椎反射だ」
 ライバル同士が駄菓子屋のテーブルで粉コーヒーを飲みながら語り合っている。この廃町、誰が言い出したのかは分からないが、停戦協定があり、ここでは敵同士でも争わない決まりとなっていた。
「青柳屋敷に予告状を出したらしいが、それは認めぬ。どうせ出しただけで、何もしないだろう。だから、これでは活動とは言えぬ」
 紅ガラスはアルミ缶拾いのときに拾った猟奇王の予告状を突き出す。これは猟奇王が紅ガラスが拾うようにわざと落としたものだと勘ぐっての発言だ。
「妙な縁だ。有り得ん。これが回り回ってお前が手にしているとはな」
「こんなもの一円の値打ちもない」
「いや、その紙、一円はする」
「嘘を付け、広告の裏じゃないか」
「そうだったか」
「さあ、今日はここまで」
「何が」
「だから、懐かしいので、話しただけ。これ以上私を煩わせないでくれ」
「何もしておらんが」
「貴様が動き出すと、気になって仕方がない。正義の血が騒ぐ」
「分かった。その予告状はただの冷やかし、何もせぬから安心しろ。どうせわしも最初からやる気などない。もうそんな時代ではなかろう」
「合意合意、大合意。そういうことだ。話が合った」
「堅固で暮らせ、紅ガラス」
「ああ、貴様もな。このまま廃帝で暮らすのが何より」
 これで、正義と悪の会談は終わったかのように見えたが、紅ガラスはマントの裏に凶器を隠し持っていた。この狡さは天性のもので、正義の使者として成功しなかったのも、この性格の悪さかからだ。
 当然猟奇王はそれを見抜いており、紅ガラスにはまだ燃やすものが残っているのかと感心した。

   了


 


2016年6月2日

小説 川崎サイト