小説 川崎サイト

 

長老散歩


 古い農家、これは豪邸に近いのだが、それが数軒もあるような町。既に農地は少なく、そこは宅地となり、人口もそちらの方が多い。
 旧村時代の農道が残っているが、今は単なる細くて曲がりくねった道。豪邸の土塀沿いや、疎水に沿って道が続いており、祠や公園もあるためか、それなりに散歩者、通行人が多い。
 その小径を真っ白なものが歩いている。顔が白い。しかも凄い大顔。よく見ると、もみあげあたりから白い髭が横に拡がり、さらに胸元まで伸び、頭には大きな頭巾。水戸黄門を派手にしたような老人だ。
 その老人とすれ違う人は、軽く頭を下げている。
 そこへ着物姿の老人が近付いて来るのだが、こちらも様子がおかしい。着物を引っかけている。袖を通さず、帯も締めていないので足元まであるマントのように見える。その生地は豪華そうで、あとで聞くと絹らしい。大きな柄が所々にあり、これは家紋のように見えるが、それがちりばめられている。帯のない着物、これは羽織ではない。普通の着物だ。その風貌から網元のようにも見えるが、ここは海からは遠い。
 この網元も、すれ違う人は頭を下げる。水戸黄門と同じランクだ。その二人が偶然小径でぶつかることになる。
 まるでボス猫同士のぶつかり合いだ。
 それを見ていた町の人は、誰もこの二人については知らない。昔から住んでいる農家の人も知らないようだ。
 ここに誤解がある。住宅地に住む人達が頭を下げるのは、土地の偉いさんか、豪邸の主か、とりあえず、この町の有力者、長老のような人だと勘違いしているのだ。また農家の人も、どの家の爺さんなのかと、思い出すが、該当する人がいない。しかし、とりあえず挨拶だけはしていたようだ。
 つまりこの二人、共に偽長老で、そういうスタイルで散歩をするのが好きなようだ。こんな趣味の人は二人といないだろう。そのため、二人が小径でぶつかったとき、本物と出合ったと思い、両者とも緊張した。
 しかし、類は類を知る。どちらもわざとらしすぎるので、知るも何も、すぐに分かった。
「お宅も」
「はいはい」
「どうします」
「挨拶しましょう」
「ああ、はいはい」
 長老同士は挨拶し、そしてやり過ごした。
 実際にはやりすぎだろう。
 
   了

 


2016年6月5日

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