小説 川崎サイト

 

怖いもの見たさ


「誰もいない」
「はい」
「いることはいるが、たまだ。だから怖くて入れない」
「豆腐屋の並びのラーメン屋ですね」
「そうだ、茶葉屋の前だ。あそこのお茶は宇治茶で、高いので買わないがね」
「ラーメン屋の前は何でした」
「だから、お茶の葉を売ってる店だよ」
「そうじゃなく、ラーメン屋になる前です」
「さあ、忘れた。ここは入れ替わるからねえ」
「で、どうしてラーメン屋に入れないのですか、外からもよく見えますよ。店内が」
「だから、それをよく見ているから入れない。怖くて」
「怪談ラーメンとか、恐怖ラーメン系ですか」
「それに近い色だ」
「内装が濃いのですね」
「それはいい。内装はどうでもいいが、客だ」
「はい」
「この辺り、土日になると満員だ。どの飲食店もな。豆腐屋とお茶屋は変化はないが、飲食店は賑わう」
「はい」
「ところが、あのラーメン屋、平日も土日もなく、豆腐屋と同じ」
「流行っていないということを言いたいのですね」
「流行っていない以前だ」
「それにラーメン屋は角にあり、メイン通りからも近い。そこからも見える」
「はい」
「どの飲食店も客が入っているのに、がらすきのラーメン屋。これは怖いだろ。何かあるんだ」
「一人も客がいないと」
「そんなことはない。一人や二人、場合によっては家族連れもいる。しかし二度と来ないのだろうねえ」
「じゃ一見さんだけの店」
「その一見さんも私のように勘を働かせる。勘と言うより、客が少ない、またはいないことで、何かおかしいぞと考える。そして避ける。並んでまでは入らないが、まあ、並んでいる店はそれなりに安全だ。犠牲者がそれだけ少ないのだろうねえ」
「犠牲者」
「二度と食べに来るか、と思うほど、印象が悪いとね」
「例えば」
「天丼を頼む。すると、小さな海老。これは仕方がない。しかし、サツマイモ、なすび、海苔。量は多そうに見えるが安い物ばかり。盛りが多いので、頼んだのだが、中身まではサンプルでしっかりと分からない。白身魚の天麩羅。野菜もレンコンや椎茸が欲しい。ナスはまあまあだが、これがまた薄い。海苔など何ともならん。それなのに分厚い衣をかぶっておる。これじゃ君、天丼じゃなく、天かす丼じゃないか。そういう店には二度と入らん。さらに付け加えると、衣が固い。歯を折るところだった。歯茎も腫れた」
「はい」
「しかし、何人かは客がいるから、まあ、良いんだろう。しかし、多くはないよ。そこでだ」
「え、どこですか」
「だから、無人に近いラーメン屋。間違って入る人だけの店。こんなところ、怖くて入れんだろ」
「じゃ、潰れますねえ」
「そうだね。早いだろう。この辺りじゃあまり凝ったラーメンはいらないんだ。普通のありふれたラーメンで良いんだ。それに訳の分からん名を付けたラーメンを出しておろう。さらに君、ラーメン屋なのに牛丼もやっておる。しかしよく見ると、焼き豚丼だった」
「色々と創意工夫しているんでしょ。でも客が少ないと時間の問題ですねえ」
「普通なら、もっと早く店を閉めるよ。しかし、ここのオーナーがチャーシューのようにしつこく油っこい奴なんだろうねえ。顔から油が浮いているような」
「ラー油のような親父なのかも」
「だから、しつこく粘っているんだ。さっと引けば良いのに」
「はい」
「それとねえ」
「まだありますか」
「豆腐屋とお茶屋の近く、これがだめだ。どちらもあっさりとした店だよ。豆腐もお茶も。だから、場所が悪い」
「はい」
「きっとそのラーメン、食べたあとでウーロン茶をがぶ飲みしないといけないようなスープに違いない」
「食べてみたくなりました」
「そのラーメンをかね」
「はい」
「じゃ、今までしつこく説明したのは、何だったのだ」
「怖いもの見たさです」
 
   了




2016年6月10日

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