小説 川崎サイト

 

憑き物落とし


 すっきりとした目覚めの日、その状態が一日続けばいいのにと田中は思うのだが、そうはいかない。いい目覚めは体調が良いときもあるが、色々なことが上手く行っているか、何かが終わり、すっきりとしたときかもしれない。
 田中はどっちかと考えた。そんなことを朝から考える必要はないのだが、目覚めが良すぎたのだ。それで、逆に心配になってきた。
 朝、さっと起きられることが目覚めの良さではなく、目覚めたときの感じがすっきりとしている。初夏というには暑すぎる日が続いていたが、雨が降り、少し涼しくなった。目覚めの良さは気候も影響しているので、それも含まれるのだろう。
 いつもの朝より調子が良い。それだけのことだが、その理由がよく分からない。
 気温は暑くも寒くもない。熱帯夜に近い日が続いていたので、それが収まったため、楽になったのか。
「ほう、何かが落ちた」
「はい」
「何が」
「だから、何かです」
「何か憑いていたのですかな」
「分かりませんが、憑き物が落ちたときは、こんな感じかもしれません」
「そうですか」
「特に元気になったわけでもなく、精気がみなぎっているわけでもありません。持病が色々とありまして、それらが治ったわけでもありません。また、仕事もそれほど上手くは行ってません。何かをやり遂げた翌朝の気分に似ていますが、思い当たる節がありません」
「小康、または中休みでしょう」
「健康はそれほど悪くはないのですが」
「小春日和のようなものです」
「暖かいより、この季節、涼しい方がいいのですが」
「どちらにしても、穏やかな日が、たまにあるものです。何かの偶然が重なって」
「それが非常に清々しく、すっきりとしており、静寂の中にいるようで、驚いたのです」
「良い状態ですよ」
「何が憑いていたのでしょうか」
「さあ、それは私には見えません。それにもう出られたのであれば、さらに分からない」
「今、何か、入ってますか」
「さあ、それは分かりません」
「もう、何も憑き物はいないように思います。出ていったのです。だから、今朝の目覚めが清々しい」
「よかったですねえ。落ちて」
「特に祈祷もお祓いもしてもらいませんでしたが」
「そういうものは、時期が来ると消えてなくなる場合が多いですよ。下手に弄らない方がね」
「はい」
「そういう憑き物を追い出す力が、元々備わっているので、それに任せることです。多少時間はかかりますが」
「しかし、憑き物落としのあなたが、そんなことを言い出すと、商売にならないでしょ」
「これを商売にする人は、そういうものに取り憑かれた人です。祓わないといけないのは、祈祷師の中にあったりするものです」
「いい憑き物落としが近所にいて、助かりました」
「いえいえ、最近は憑き物に取り憑かれたと言って来る人など希ですからね。もう商売になりません」
「あ、落ちましたか」
 
   了



2016年6月16日

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