小説 川崎サイト

 

寅神石


「お元気ですか」
「いや、元気じゃないよ」
「それはいけない。じゃ、お元気で」
「だから、元気じゃないと言っておるでしょ」
「ああ、そうなんですか、それはいけない、じゃ、お元気で」
「元気じゃないと言っておるでしょ。最近寝付きが悪いし、目覚めも悪い」
「それはいけませんねえ、じゃ、お元気で」
「次にお会いしたときも、まだ元気じゃなかったりしますよ。次は元気で会いたいね」
「そうですねえ、じゃ、お元気で」
「そのようにしたいのだが、なかなかなあ」
「じゃ」
「少しお待ちを、あなたお元気ですか」
「いや、それが元気がなくてねえ、人の元気など聞いている場合じゃない。自分のことで一杯一杯、手一杯。もう医者がよいで忙しい忙しい」
「元気ですねえ」
「元気じゃない。だから、医者へ」
「そうですか、じゃ、元気なのは、誰でしょう」
「元気なのは寅山さんだけだよ」
「ああ、あの人いつも元気ですねえ。野獣のように」
「秘訣があるようですよ」
「それは聞きたい。秘薬でも」
「寅神信仰です」
「そんなのありますか」
「そこのお稲荷さんの横にある石、あれが寅神さんでしてね。寅山さんは毎日お参りしている。それが秘訣です」
「じゃ、あなたも医者がよいなんてやめて、寅神参りをされたら」
「いや、相性が悪いのか、私には効かないようです」
「じゃ、寅山さんだけに効くと」
「そうです。ただの漬け物石ですよ。別に祭られたものじゃない。その辺に転がっていたものです。それを寅山さんが縄を掛けて、紙をぶら下げた。勝手にそんなことやっていいのかどうかは分かりませんがね、謂われも何もない石ですよ」
「じゃ、やはり寅山さん専用だ。それで寅山さんは虎のように強い」
「まあ、寅山さんも人間ですから、いつまでも元気なはずはない」
「そうです。しかし、元気なのはいいことです。私も寅神さんのようなものが欲しい」
「そうですねえ」
「あ、長話になった。じゃ、お元気で」
「はい、お元気で」
 お稲荷さん横の寅神石の左右に、高神石と、三神石ができた。先ほど話していた二人、高橋さんと三村さんの仕業だった。それが効いたかどうかは分からない。
 
   了

 


2016年6月20日

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