小説 川崎サイト

 

見返り婆


 後ろ姿の綺麗な女性。こちらを向くと一寸違うかな、と思うようなこともあるが、老婆ならその心配はない。何の期待もない。見返り美人という有名な絵もあり、ドラマなどでもヒロインの登場シーンでは、この手がよく使われる。
 しかし後ろ姿の方がよかったのではないかと思えるような横顔もある。真横になる手前の角度があり、ここでは頬が飛び出たりする。そして真横。これは鼻の形がモロに出る。そこから正面へと動かすのだが、この途中はあまり美しくない角度がある。七四あたりがいいのだろうか。七一や、七二は怖い絵になることもある。七四あたりから安定する。手前が七で奥が四だ。
 しかし、これが婆の場合、どの角度も似たようなものだ。
 さて、見返り婆だが、これは口裂け女が老いたものではないものの、パターンは似ている。やはり口が耳まで避けた老婆で、違いがあるとすれば歯がないことだ。江戸時代の妖怪でお歯黒というのがいる。これは口だけで、鼻や目はないので、のっぺらぼうのようなものだが、真っ黒な口はそれだけでも不気味だ。
 この見返り婆は佐賀の化け猫のように「見たなー」と来る。口が裂けているので、猫のようにも見えるので、その影響かもしれない。化け猫は油をなめているところを見られて「見たなー」とか「見たであろう」になるのだが、この化け物は人型で、猫の姿でなめているのではない。正体がばれたので、見たなーとなる。
 見返り婆も、こちらを向いたとき、見たなーを連発する。では、何を見られたのかだ。それは口が裂けているので、ただの老婆ではなく、妖怪変化の類いのため、正体を見られたので、見たなーとなるように思われる。では最初から正面から見た場合はどうなるのか。実はその場合、口は裂けていない。見返った瞬間避けるのだ。何か顔の筋でも違えたかのように。
 ただの顔面神経痛のお婆さんかもしれないが。また実際には耳元まで避けるようなことはなく、大きく口を開けたので、そう見えたのかもしれない。
 この見返り婆は狭い路地などにおり、所謂カシマ婆で、姦しい。女三人寄れば喧しい。ここでは一人なので、小うるさい婆さんだ。町内の噂の出所は、大概この婆さんから発せられることが多い。
 見返り婆状態は、その実行中、つまり、盗み聞きや盗み見、覗きなどをしている最中を見られたので、見たな、となる。だから、町内レベルの小さな話だ。
 自分が何かを覗き見したりしていることを、多少恥じているのか、または悪いことをやっていると自覚があるのか、その状態を人に見られたくない。だから後ろを常に気にしている。
 見返り婆を見た人は、なぜ「見たなー」となるのかが分からない。だから、口が大きいので、化け猫婆さんを見てしまったと勘違いしたのだろう。
 この見返り婆、さらに最近は首を回すのを控えるようになり、見事な見返り姿を見せることはなくなったようだ。持病の目眩の関係で、あまりキョロキョロすると、ふらっとするためだろう。
 
   了

 



2016年6月23日

小説 川崎サイト