小説 川崎サイト

 

通り魔


 梅雨時、調子の悪いときに妙な客が来た。妖怪博士宅を訪ねる客は大概妙な人が多い。逆に普通のセールスとかは一切来ない。間違っても来ない。これは独自の何かを感知して、チャイムを押さないのだろう。この家はまずいと。つまり妙な家なのだ。しかし、ただ古いだけで、妖しい雰囲気はないのだが。
 さて、その客、何かを見たらしく、その相談だ。これは一文にもならないので、妖怪博士は適当にあしらっている。それに体調が悪いので、聞き取り方も荒っぽい。
「通りに出るのです。いや、出ているのです」
「何が」
「人です」
「はい、それは通行人です」
「そうじゃなく博士、夜中です」
「ほう」
「かなり遠くにいます。立ってこちらをじっと見ています」
「遠いので目玉など見えないでしょ」
「顔がこちらを向いています」
「それで」
「それで怖いので、反対側に向かいます」
「ほう」
「ある夜などは、それが出ているのですが、決心して、そちらへ向かいます。すると、さっと消えます」
 どのように消えたのか、その消え方を聞くべきだが、妖怪博士はそこも無視した。邪魔臭いのだろう。
「その人影はいつも小さいです。そして、別のところを歩いていると、また出ます。また遠くの方からこちらを見ています。私は付け狙われるようなことなどしていませんし、誰かに尾行されるような心配もありません。平凡な男です」
「いやいや、平凡なお人が夜中に外に出るのですかな」
 やっと妖怪博士は、積極的に聞いてみた。
「はい、夜中の散歩が趣味で」
「それがそもそも怪しいでしょ」
「そうなんですか」
「それに気付かないほど怪しいと言うことです」
「これは何という妖怪でしょうか」
 妖怪博士宅を訪ねる人は、もう答えは分かっているのだ。妖怪の仕業と。あとは名を聞きたいだけ。
 しかし夜中に遠くから見ている人がどうして妖怪なのだろう。
「博士ならこの妖怪を知っておられると思いまして」
「そうか」
「一晩に二度ほど見ることもあります。場所は違います」
「どういう場所ですかな」
「先が見えないほど、真っ直ぐな通りです」
「狭い、曲がりくねった道は」
「そこでも見ます。しかし、じっとこちらを見ているのは、真っ直ぐな道で、かなり遠いところにいる場合です」
「うーむ」
「どういう妖怪でしょうか、博士」」
「通り魔だ」
「え、通り魔」
 所謂あの通り魔のことを言ってしまったのだが、妖怪博士としては、その通り魔ではなく、通りに出る魔物の意味だ。
「その正体は何ですか」
「あなたです」
「それはありません。遠くにいるのも私だと」
「そうではなく、あなたも通り魔をやっているのです」
「え」
「あなたは見られているので、不審がって、じっと見ていたでしょ」
「はい」
「その相手から見れば、あなたが通り魔です」
「はあ」
「ポツンと通りに立って、じっとこちらを窺っているようなね」
「だって怪しい奴が通りの向こうから立ち止まってじっと見ているのですから」
「だから、相打ちです」
「はあ」
「正体はあなたというより、同じように夜中、散歩をしている同類でしょ。まあ、こんな暑苦しい夜、寝付けないので外に出て、涼んでいるのもしれませんしね」
「ああ。そうですか」
 通り魔を見た者はその瞬間、その人も相手から見れば通り魔だという話で、妖怪博士は勘弁して貰った。
 客はもっと神秘を期待していただけに、不満そうな顔で立ち去った。
 
   了

 

 


2016年6月30日

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