小説 川崎サイト



神秘コンサルタント

川崎ゆきお



 徳利を逆さにしたような顔に白い顎髭を蓄えた老人が会社に現れた。
 オフィス街に自社ビルを持つ中堅企業だ。
 顎白髭は受付で拒否された。何のアポもとらず、いきなり社長に会いたいと言っても会えるものではない。
 顎白髭が玄関ロビーから出ようとしたとき、社長秘書が声をかけた。
 そしてロビーのソファーへと誘った。
「社長は時間がありません。私でよければお話をうかがいます」
 顎白髭老人は名刺を出した。
「神秘コンサルタントですか」
 秘書は受付からの連絡で既に知っていた。
「はい、不思議なことはお任せあれ」
 秘書はにんまりした。
 見るからに怪しげな老人だが、大人しく帰ろうとしていたのだから、危険な人物ではないとみた。
「どういうご用件でしょうか?」
「だから、不思議なこと、怪しいことなら、お任せあれ」
「分かりました。では七階の人事三課へ行ってもらえませんか。私から連絡しておきます」
 白顎髭老人は人事三課のドアを開けた。
 若い課長が応対した。
「履歴書と住民票を用意出来ますか?」
「履歴書は書けると思うが、住民票は必要かな。わしはコンサルタントで来た」
「身元を確認するものはありますか?」
「そんなもの、ないぜよ」
「はい」
「神秘コンサルタントと申しておるじゃろ」
「分かりました。それで結構です」
「いらんのか」
「なければ、まあ、いいです。ではご案内します」
「え、何処へ?」
 顎白髭は、心細くなってきた。
「どうぞ」
 課長は顎白髭を地下の小部屋へ連れて行った。
 小部屋には怪しげな男女が詰めていた。魔女のような老婆もいるし、烏帽子を頭に乗せた神官のような老人もいる。
 いずれも顎白髭と同類だ。
 課長はさっさと立ち去ってしまった。
「あんたも囲い込まれたか」
 積み上げた畳の上から、牢名主のような老人が言う。
「囲い込み?」
「飼い殺しじゃ。いやなら逃げてもいいぞ。だが、ここなら食い物が出る」
 顎白髭はホームレスよりは上等だと思い、ここで暮らす決意をした。
 
   了
 
 
 

          2007年3月18日
 

 

 

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