小説 川崎サイト

 

散歩者達が消えた


 怪談とは幽霊が出る話だけではない。幽霊は出なくても怪しい話がある。まるで幽霊のように正体がよく分からなかったり、存在しない話とかだ。幽霊会社の幽霊がそうだろう。幽霊が出る会社ではなく、会社そのものが幽霊なのだ。
 そういったビジネス街ではなく、普通の住宅地にある散歩コースに幽霊が出るという怪談が発生していた。吉村はそれを知らないで、そのコースを歩いてみた。夜に限られる。真っ昼間から幽霊が出ても、それが幽霊だとは思わなかったりする。幽霊にとってはガッカリだろうが。
 吉村は以前からそのコースを歩いていたのだが、どうも歩く方が健康には良くないと考え、ここひと月ほどは歩いていない。その根拠は、魂胆のようなもので、歩くのが面倒なのだ。それに体調の悪いときに歩き、脂汗が出たことがある。戻ってからも息がなかなか静まらなかった。だから元気なときに歩くことにしたのだが、そんな日は永遠に来ない。いつも何処かが悪い。どこも悪くない日でも元気がない。
 しかし、一ヶ月ほど散歩をやめると、体調の変化はないが、足腰が弱ったようになる。たまに出掛けたとき、歩くことがあるが、そのとき足が重い。これは僅かな距離でもいいから毎日歩いていると、やはり違うのだ。それで再開することにした。
 さて怪談だが、そのコース、周遊コースで住宅地を一周する。半周で戻ってもいい。そんな円を描いたような道があるわけでなく、井の字型に囲まれた場所だ。そのため、都合四つの道を通ることになる。角々で曲がるためだ。丁度吉村の住む町内を取り囲んでいるようなもので、顔見知りも多いが、昔からある町ではない。しかし二世代三世代目になると、すっかり馴染みができ、地元の人間になるようだ。吉村もこの町で産まれている。そして怪談は、いないと言うことだ。他の散歩人が。
 吉村がこのコースを歩いていると五人ほどとすれ違ったり、前後している。それらの人が掻き消えていた。一ヶ月留守にしている間に何かが起こったのだ。他の人も散歩に出なくなったのだ。そんなことは何年もない。雨の降る日は人は少ないが、それでもまったくいないわけではない。当然台風の日は吉村も出ないので、様子は分からないが。
 コースを間違えたのではないと思うほど吉村はボケていない。それで近所の人に聞くと、やはり出るらしい。散歩に出るのではなく、何かが出るらしい。
 これは吉村にもピンときた。たまに思うことがあるからだ。よくこのコースを歩いていた人が亡くなり、そのあと、その人が歩いていたりする。実際にはそんなものを見たことはないが、想像では、ある。もしそうなら怖いだろうなあと。
 吉村は、たまにすれ違う近所に人にも聞いてみた。するとやはり出るらしく、目撃したとか。それで、あの時間は散歩には出なくなったらしい。何を見たのかと聞くと黙して語らない。言わないのだ。しつこく聞いても、口を閉ざした。
 いつもの時間に歩いている散歩人達は時間を変えていた。吉村もその時間に歩くことにしたが、どうも気になる。あの時間帯に何が出るのか、見てみたい。
 ある夜、その時間に一周したが、何も出なかった。
 それを散歩仲間に言うと、そういうものかもしれないと答えた。
 あとは吉村の想像だがが、幽霊ではなく、人だろう。生きている人で、町内の誰かではないか。ただ名を出したくないし、言いたくないのかもしれない。
 最初はその時間、不審者というか、面倒そうな人が歩いているので、それを避けているのかと思った。
 一月後、その時間の散歩人は元に戻った。もうアレは出なくなったためだろう。
 
   了


 


2016年7月20日

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