小説 川崎サイト

 

太鼓持ち


 さる業界の立役者、猿回しの猿ではない。千両役者、実力者のことだが、この男が曲者で、その立ち回り方が妙だ。変なことをする人ではなく、大物中の大物なので、堂々としている。そしてこういう大物には太鼓持ちや腰巾着がつきものだ。
 この大物とコンタクトを取るには、側近から攻めるのが早い。その側近も立派すぎる人だと、簡単ではない。重役のようなもので、重い。だからもう少し軽い取り巻きから攻める。腰巾着や、太鼓持ちなら、軽く接触できる。小物のためだ。
 お調子者の太鼓持ち、これはお世辞ばかり言い、褒めることしかしない人なのだが、その人に接触し、大物に何かを打診する。小物は鼻薬一発で、調子よく引き受けてくれ、大物には直接言えないようなことを、この小物を通してそれなりに伝わるように話す。
 しかし、その大物、実は普段は小物なのだ。このトリックは秘中の秘で、誰も気付いていない。つまり、さる業界の大立て者、実はその太鼓持ちであり、腰巾着なのだ。その上にいる側近、重役達、そして大親分は、全て飾り。
 そのため、接触してきた人の中には、洗いざらい、その小物に事情を話したりする。大物の耳に入らないように頼んでも無理だ。その大物が直接聞いているのだから。
 この小物に化けた大物、猿のような顔で、額が狭く、背も低く、着ているもの、持ち物も品がなく、そして派手だがその殆どはもらい物。まあ、ベースになる風貌が小物そのものなので、化け切れた。
 それに自分がトップに立っても貫禄がないため、張りぼてのような男をボスに仕立てた。何処から見ても大人物のような。
 城の門番が城主のようなもの。この布陣で、この業界を仕切っていたのだ。
 この小物を怪しむ人もいたが、本当は切れ者の太鼓持ち程度で、側近中の側近かもしれない程度。まさか、この人が大将だとは、流石に分からなかった。
 奸臣というのがある。主人お気に入りの家来で、その人の意見ばかり聞く。うまく取り入った家来のことだが、太鼓持ちが怪しいと睨んだ人も、奸臣がいる程度。まさか、これが大ボスとは思っていない。
 そして、この太鼓持ちの大人物も、寄る年波で引退した。もう業界との縁も切った。引き際が鮮やかで、院政はしかなかった。
 残ったのは張り子の虎の飾り物のボスと、その側近達だが、しばらくは何とかなった。それは、今までの業績、全て、この偽ボスが立てたもののためだ。
 やがて、それらの人も消え、今はその人脈を継ぐものはいない。一代限りの布陣だったようだ。
 
   了

 



2016年8月7日

小説 川崎サイト