小説 川崎サイト

 

アロハの異変


 真夏でもジャンパーを引っかけている老人が、毎朝喫茶店に昼前に来ていたのだが、今年は半袖のカッターシャツ。昔で言えば開襟シャツ、つまりアロハシャツになっている。柄はなく、色も地味で、薄い色。これは何か異変が起こる前触れではないかと谷川は思った。
 この老人と谷川はセンスが合う。似たような服装をしているためだ。衣服の色目も似ている。淡い鶯色、薄緑が好きなようで、水色系はない。当然暖色系は言うに及ばない。
 老人が喫茶店に来る時間帯も谷川と同じだが、同じ時間なのではなく、まちまち。昼よりかなり早い時間もあるし、昼を過ぎてからもある。そのため、毎日顔を見ているわけではない。
 谷川が早く来たとき、帰りはいつもよりも早い。その道筋で、この老人とすれ違うことがある。当然その逆も。顔を合わせ、目を合わせることが一瞬だけあるが、その手前で誰なのかが分かっているのか、敢えて無視しあってすれ違う。おや、今日は早いですなあ。とか、遅いですなあ、程度のことは互いに心の中で呟いているかもしれない。
 谷川はもう何年もこの喫茶店に来ているので、老人の変化に気付きやすい。異変を感じたのはそのためだ。今年はジャンパーではないことに。
 しかし、真夏、薄いとはいえジャンパーなど着るだろうか。何等かの作業員なら別だが、この老人、その下にしっかりと長袖のカッターシャツも着ている。店内は冷房で寒いほどなので、これで丁度かもしれないが、往復の炎天下は大変だろう。しかし、道ですれ違ったときも、しっかりとそれを着ている。逆に真冬は結構薄着で、少しだけ暖かそうなジャンパーになるだけ。しかし防寒具としては薄い。またマフラーもなく手袋もない。ただ、帽子は谷川と同じで、夏場は円盤型だが冬場は毛糸のスキー帽になる。
 そのパターンを見てきているので、今夏のジャンパーなしスタイルは異変だ。
 夏の初め、それに気付いた谷川は、この異変、ものすごい暑い夏になる予兆ではないかと思った。今国内で生きている人で、誰も経験したことのない酷暑が続くのではと。
 そうなると、この老人はそれを予測できる自然界に棲息している動物のように見えてきた。顔が何処か鹿に似ているし。
 そして、もう一度検証することにした。まずは寒がりの人なら、真冬はものすごい厚着のはずなのだが、そうではない。逆に暑がりの人のように薄い。だから、寒がりではない。
 では夏にどうしてそんな厚着をしていたのかだ。これは冷房対策かもしれないが、その道中の炎天下、脱いでいない。
 これは本人に聞けば分かることだが、意外と厚着で炎天下を行く方が涼しいのかもしれない。あのジャンパーがテントの役割でもしているのだろうか。それに暑いときは、どんなに薄着になっても暑い。だから面倒なので脱がないで、そのままだったのかもしれない。
 しかし、今年に限ってなぜ半袖になったのかの謎は解けない。だから、これは異変の前兆と解するしかない。
 そして夏は半分過ぎた。まだ異変は起こっていない。ものすごい暑さにはならなかったので、半袖の意味はそれではない。
 しかし、夏の後半、もう秋になっているのに、まだ夏が続いているという異変が起こらないとも限らない。
 谷川は、そのあたり、しっかりと見守る必要があると決心した。
 
   了

 


2016年8月8日

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