小説 川崎サイト

 

瓢箪から駒


 瓢箪から駒が出る。このコマとは子馬のことだろうか。小さくても大きくても、馬が瓢箪から出るわけがない。中に種が入っているのだが、瓜のようなものだ。成ったばかりの青瓢箪ではなく、しばらく乾燥させておき、種などを抜いて、容器として使える。丸い瓢箪は瓢箪らしくないが、そのタイプは半分に切れば、すぐにでも器として使える。大きい目の茶碗のような。
 瓢箪から駒が出る瓢箪は、既に入れ物として使われているものだろうか。容器としての瓢箪。中は種子ではなく、水とか酒とか、そんなものが入っているはず。そこから駒が出る。サイズ的に無理だし、瓢箪から駒が出るのなら、馬だらけになる。
 その時代、いつかは分からないが、馬は貴重な乗り物だったのかもしれない。高級車のようなもので、金持ちしか乗れないだろうし、身分とも関係してくる。だから、この駒とは、貴重なものが出ると言うことだろうか。ただし限度がある。馬程度の価値。だから馬を越えない。
 それよりも意外性だろう。出るはずがないものが出る。だから、駒でなくてもかまわない。瓜姫のように瓢箪姫でもいいが、顔が瓢箪では瓜実顔よりも劣るだろうが。
 しかし、そういったものから出てくるのは、桃太郎のようにありふれている。赤ちゃんが出てくるのは。また小判でもだめだ。意外性がない。やはり勢いのいい子馬が飛び出すのがいいだろう。この子馬、鬼退治もしない。だから馬としての値打ちしかないが、馬が瓢箪から飛び出すところを想像すれば、それが如何に妙な絵になるかだ。画きようがない。出てきたとしても瓢箪の穴のサイズを超えられない。だから小さすぎる。子馬でも、そんな小さなサイズはない。穴から出ながら拡大していくようなものだ。煙や風船ならいけるが。
 要するにとんでもないものが飛び出したということだが、それは悪いものではない。期待していなかったほど良いものが出た。しかも想像さえしていなかったものが。
 容器としての瓢箪は中がどうなっているのか、気になるところだ。結構神秘性がある。一度割って中を見たいものだ。くびれているところ妙で、ひと穴の向こう側にもう一つ大きい穴がある。瓢箪は水よりも酒を入れるのがいいのだろう。椰子の実酒というのがあるらしく、そこに入れると、美味しいらしい。携帯徳利のようなものだが、真ん中がくびれているので、そこに紐を巻き付けやすい。これが決め手だろう。しかし、扱いやすいのは竹筒だろう。綺麗な円筒形なので、収納しやすい。
「瓢箪から駒が出るやもしれませんなあ」
「うむ」
 というような会話を昔の人がやっていたかどうかは分からないが、具体的にモロに言わないところがいい。
 意外なもの、それはあの瓢箪の形と馬の組み合わせでないと、その感じが伝わらない。
 出て来るのは良いものだが、悪いものが出てくる場合は藪蛇という。藪を棒で下手に突くと、蛇が出てくる。
 藪から棒もあり、これは何もしていないのに、いきなり棒が出てきて突かれたり打たれたりする。
 どれもビジュアル性があるので、分かりやすい。
 
   了

 


2016年8月10日

小説 川崎サイト